20241205_おばあさまがみてる2

♪わたしの〜お墓の〜前で〜、泣かないでください〜
♪そこに、わたしは、いません〜、眠ってなんか、いません〜

この歌のフレーズは本当らしいです。

昼間に悪夢を見ました。在宅勤務中、家に人に入られる夢。どいてよ!ジャマ!といっても聞かない。パニックになっているところで目が覚めました。肩がずっしり重い。本当に仕事にならない。温めてやっと動かせるぐらい。

しかしながら、肩の不調を改善しようと、いくら肩を回したり、お灸を据えても効かないのです。

急に寒くなったからかなあ、でもおかしいなあと思いつつ、もしやと思い、霊的なものというかスピリットを「感じる」ことができる、Web上にいるあの人の元へ、遠隔で肩が痛い、重い、と相談をしました。

「肩甲骨からガシッと、なんかねちっこいのがいる」

ギャーッ!やっぱりおるんや、、、

ところが、セージを焚いてごらんと言われて焚いてみたら、煙が天井に向かってまっすぐ立ち昇っていくではありませんか。スピリットがついている自分の肩の周りではなく。スピリットの浄化となると、そいつがついているわたしの肩のところにまとわりついてくるはずだと。

「これは家に問題が…???」

この指摘にわたしはあることに気づきました。昨年末に他界したうちのばあちゃんじゃないかと。今月で、一周忌。なんといっても、今わたしが住んでいるお家は、かつてばあちゃんが住んでいた親族の空き家なんです。これは間違いない、お盆じゃないけど一周忌やし、帰ってきてると…???

ギャーーーッ!

わたしのうちのばあちゃんに対する扱いは、故人への扱いにしてはとんでもなく雑です。冷蔵庫に写真をぺっと貼ってあるだけ。部屋も掃除片付けが行き届いておらずきたない。お家を貸してもらっているのに、この仕打ち!ばれた!

戸棚の賞味期限切れのものを捨て、小さな棚の上にある乾き物をそこに片付けて、急造でばあちゃんのエリアを作りました。まず、雑に貼られていた写真を写真立てに入れてあげることから始めました。お花が大好きやって、葬儀でもお花を飾ってあげてたから、ちっちゃいお花も置こう。

「好きな食べ物とかお茶とか、置いてあげるといいよ」

とのことで、母にLINEして、ばあちゃんの好きな食べ物を聞くと「日本酒」。
ああ、せやせや、あれだ、よく飲んでたわ、なんやったっけ、ええと、立山。

その時、母はしみじみと、ばあちゃんのことを語ってくれました。

ばあちゃんは、(わたしが住んでいるお家がある)なんとか町が好きだったからなあ。本当に空き家になってたら、帰ってきても、ひとりぼっちやったもんなあ。
あなたのこと、好きだったよ。やさしいって、よく言ってた。甘え方が下手やねんって。

自身の母であるばあちゃんのことを語る母はうれしそうで。
よろしくお願いします、ばあちゃんも守ってくれてると思う。と。

ばあちゃんのエリアを作ることに躍起になっていると、肩の重さは軽くなってました。普通の肩こりぐらいに。スピリットを見てくれた彼女に報告すると、ばあちゃんは、帰ってきたんじゃなくて、ずっといたのかも。故人は、お墓にはいない。浮遊している。施設で亡くなったんだったら、まだ、自分の家はなんとか町だと思っているんじゃないかな。なんかのタイミングで、手を合わせてあげてね、と。

楽天でポチって手配した立山を、ばあちゃんのエリアにお供えして。
12/25の命日に開けてちびちび呑むか、年明けに酒好きのお友達と開けようかなあ。
立山飲んだことないけれど、その味を噛み締めながら、しみじみ、思い出そう、ばあちゃん、ごめんね、ありがとう。

20241130_クリスマスの「チョコレートのやつ」

わたしは甘いものは大好きなんですが、炭水化物がないとチョコレートが食べられません。
板チョコ、塊のやつ、チョコレート単体だと高級なやつでも無理です。鼻血が出そうな感覚に陥るのです。食べられる板チョコは明治のブラックだけ…とんでもなく高級でビターなやつだったらいけるかもしれない。

今日、お友達が京都でフリマ出店するということで、差し入れに袋入りのチョコを持っていったのです。棒付きの一つ一つ結構大きなやつ。渡すと、これ一晩でなくなる!と。わたしの中でおっかなびっくり。明治のブラックであってもそんないっきには食べられない、、、

ところがどっこい、クッキーなどの炭水化物やドリンク、アイスクリームなどとコラボすると世界が広がるんです。板チョコはダメでも、ガトーショコラとかチョコレートアイス、ココア(ホットチョコレート)ならいける。むしろ大好き。これなんでかわからなくて、わたしの七不思議の一つです。

好きなものとコラボしてくれると、めっちゃいいんですよ。ここでわたしの大好きなおいしい「チョコレートのやつ」紹介しますね。

写真のお菓子は、京都は一乗寺のドイツ菓子屋・フラウピルツさんのお菓子。
右下のチョコのやつ!これが大好きで、何年も「チョコレートのやつ」といって注文していましたが、今日やっと覚えました。

エリーゼンレープクーヘンフラウピルツさんのインスタの投稿が詳しいです

スパイスの香るマジパンにちょっとドライフルーツをしのばせ、チョコレートで封じ込めた(一部言い方を真似しました)「チョコレートのやつ」。クッキーとも違うなんとも言い難いやわらかい食感で、スパイスがガツンと鼻の中でこんにちわするお菓子です。

これ、ドイツのクリスマスのお菓子。そりゃあ、通年売ってない…。通年売ってほしい…。
日本人にはやや好き嫌いが分かれるかもしれません。なので、日本のお店ではあまり売ってないのですが、本場ドイツはニュルンベルクでは定番だそうです。クリスマスマーケットには売ってるかもしれないですね。

クリスマスマーケットといえば、かつて梅田スカイビルで開催されていた「ドイツクリスマスマーケット」が思い入れが深いです。学校でドイツ語の先生に教えてもらって、何年か毎年行ってました。これが本来のクリスマスなんじゃないのかいと感じる温かな雰囲気。おいしい食べ物。酒が飲める年齢になったらグリューワインであったまって。マグカップで飲むんですが、このカップは記念品で、いまだに家で使っています。

ドイツクリスマスマーケット、コロナになる前ぐらいになくなってました。当時はショックでしたが、その寂しさももう忘れた2024年に、なんと天王寺のテンシバでクリスマスマーケット開催の知らせ、行きたいなあと思ってたんです。グリューワイン、レーベンブロイ(ドイツビール)…(酒ばっかり)

そうこうしていたら、先ほどのおいしい「チョコレートのやつ」の、フラウピルツさんが、タイムリーなことに今日、京都の小さなクリスマスマーケットに出店されるとのこと。お友達のフリマから、ソワソワとバスに飛び乗り、行ってみることにしました。(京都のバスは、わからないので、不安)

会場はどうやらドイツの交流施設っぽく、クイズか何かやってるのか「アイン、ツヴァイ…(ドイツ語で1、2…)」とおっちゃんの声が聞こえる。お店が何店舗かあり、中には行列のできているところも。その中に、フラウピルツさん、いらっしゃいました。わたしを覚えててくれててよかった。ちょっと話をした後、京都で一番おいしいと言われるシュトーレンと、あったまるグリューワイン、そして「チョコレートのやつ」をオーダー。

グリューワイン飲みながらおつまみを食べ、カレーを食べと、満喫。帰る間際にふと、レストランさんのお店に、あの「チョコレートのやつ」を見つけたのです。形も大きさもだいぶ違います。フラウピルツさんのしか食べたことがなかったのですが、なんと食べ比べができる、ということで、買ってみました。

京都から特急使って約1時間半、おうちに帰って、夜ご飯を食べーの、早速、食べ比べのエリーゼンレープクーヘンをいただきました。(フラウピルツさんのはおいしいとわかっているので、大事に冷蔵庫にしまってます。)初めての他所のやつ、スパイスかドライフルーツかどっちかほしいな…と思いましたが、あの食感はほぼ同じ。難なく完食。袋の後ろをみたら「エリーゼンレープクーヘン」と書いてあって、ああこの「チョコレートのやつ」はエリーゼンレープクーヘンというのか〜〜と、やっと名前が頭にインプットされました。ネットで調べると、作り方も載ってたよ。

クリスマスはおいしいごちそうやらお菓子やらいっぱいあるけれど、これを読んでイケそうだと思ったら、ぜひ、エリーゼンレープクーヘン、食べてみてね。

今日満喫したから、もうテンシバに行かなくてもいいや〜と思ったけれど、これを書いていたら余計に行きたくなってきたなあ。

20241127_障害者活動

発達障害とは特性や性格だ、と言われても納得できないものだけれども、これが「知的障害を伴う自閉症スペクトラム症のお子さんがいて、障害者家族のために奔走している人」の言葉だとしたら。

人間になりたい、と願わない日はない。

しばらく「障害者」として活動し、大声で意見や生きる風景、苦悩や不平不満(一番多いかも)をSNSで言っていた。

その一方で、少し前から「発達障害」にまつわる言葉を非表示にしている。発達障害は地獄、人生終了という意見、取り巻く人の地獄、見ると心がどんどん病んでいった。まあ、非表示にしたところ別の地獄が待っているのだけれども、それでも前よりは平和にSNSを見ることができるようになった。

他の記事にも書いているかもしれないけれど、わたしが子どもの頃から戦ってきているのは、他人様の中にもあり、育ててくれた家族の中にもあり、自分の中にも少なからずある「障害者に対する差別意識」。

あなたは知的に問題がなくても、教室の席に座っていられませんよね、じゃあ隔離。籍も障害児学級に置いてください。(人員確保のためにも)補助の先生をつけます。自我が芽生える歳になってくると「障害児」と呼ばれることが最大の屈辱となった。(障害当事者全員を差別する意図はありません。あくまで自分に対して)

大声で言おうが言うまいが、診断がつこうがつくまいが、いまだに自分が障害者なんて、結局受け入れられていない。

先日あった飲み会でも、自己紹介で障害を開示しなかったのに「就労支援で働いているんですか」という、意図はわからないがわたしを健常者と見ていない言葉をかけられてしまった。体調不良をおして参加してマナーの悪い行動をとったのもよくなかったのかもしれない。その場では会話を成立させるために何もクレームを言わなかったが、わたしのコミュニケーションのレベルは働けない人のレベルなんですねと、ショックだった。

実際問題、本当に働けないレベルであるとドクターが判断したので「障害者手帳」を持っている。現に、わたしはコミュニケーションに問題があり、得意な人にお願いする・サポートを得るといったことを必要としているので、組織で働くという道を選んでいる。フリーランス活動をしていたときは驕りもあったけれど、スキル以前にやっぱりそこがまずダメなんだということに気づくと、迷いなくやめた。(上手くバイト先に潜り込めて本当によかったと思っている)

障害を隠しても、障害者呼ばわりしたり、馬鹿にした態度をとる人はいなくならないし、障害を開示しても見えないよ〜と無責任な言葉をかける人もいなくならない。またどれだけ努力を重ねても健常者のレベルには到底たどりつかないこともよく知っている。
相手からコミュニケーションが取れない、と判断されたら、無視し離れられる。(現にわたしの父がそういう態度をとっている)先ほど書いた時のように嫌な言葉を浴びせる人もいるが、自分のことや、苦労をわかって欲しいと思わない。わざわざ差別されに行きたくないし、できない言い訳にしたくもない。

だからもう、無理やり、障害であると言わなくてもいいんじゃないかと思った。
否定も肯定も、アイデンティティに置かない。プロフィールにも書かない。

ひた隠しにすると言うよりは「障害があることを大きい声で言わない」ぐらいがちょうどいいのだ。就職面接とか言わないとまずいシーン以外では、言わない。受け入れようが受け入れられまいが現に障害者なので、引き続き障害者支援や有識者とは繋がっておく。

これからも自分の中に巣食う差別意識と戦う生活が待っているけれど、それはもう、ある意味宿命でもあるので、その宿命から逃げると言うよりも忘れる方法を考えようかな。障害があってもわたしはわたし、という境地にはまだまだ至らないけれど、「発達障害とは特性や性格」であって個々が抱える普通の問題であって、それぞれの違いを受け入れて生きられる世の中になって欲しいなと思う。障害とかキチガイとか呼ばれない世の中に。誰かさんの発達障害に関する投稿で「問題のない人など、いない」という言葉に救われた。だから、こういうブログを書いてみている。

20241116_SNSに絵を載せるのやめます

このサイト内の新しいコーナー、「スケッチブック」をつくりました。
制作実績にいれるほどのものでもないような、らくがきとか、そんなのを掲載していこうかと思っています。

もともと、InstagramやXに載せていたものです。
Xの利用規約の変更で、絵描きの間でSNSに絵を掲載することについて、対策を講じたり、他のプラットフォームに移る、そもそもSNSに絵を掲載することを再考する、という動きがあります。

絵やイラストをSNSにアップするのをやめます

わたしの選択はこれです。
けっこう大きな意思決定ですが、サラッと決めました。

わたしのいうて下手な絵なんて、AIに学習されてもさして痛手ではないっちゃないです。とはいえ、思いをこめて描いた絵たちを学習の材料にされ、新たなアウトプット(オマージュとか、コラージュとかではなく)に、ワンポチでされることは気分の良いことではないのです。もっといろいろな方に絵を見てもらうためにも、他のプラットフォームに移ることも考えましたが、Xやインスタの反応を見ていても、新たな地を求めるのも現実的ではないなと。

ならば、せっかく自分の場所(このサイト)があるのだからそこに載せたらいいんじゃないのか。と思ったのです。ホームページは、多くの方に広めるのには不向きなので、これはこれで閉じた選択です。中身はそれほど充実してないですが、ホームページはタダではないので塩漬けはもったいない。

ということで、Web上において、自分の作品の発表はホームページで完結させます。だれも見てくれないかもしれないけれど、見せてと言われたらパッと見せられるように、これからもっとしっかり充実させたいです。SNSは「制作を見守ってくれる人」のために運用しているので、制作風景とかちら見せをしていこうかと。ホームページに来てくれたら御の字ということで。

来年、新しいMacを買います。もう、今のMac Book Proは、2015年モデルで古いのです。とても大きな買い物なので、ローンを組むことになるのですが仕事が続けられるのかとなど、本当にドキドキしています。まあ、iPhoneを持つと考えればみんなこのぐらいのローンは抱えてるやんって。(わたしのスマホは一括で3万円)iMacを買うので、大画面で作業できることにわくわくしています。持ち歩きはiPadにがんばらせる。

あと、やや不親切なこのホームページ、リニューアルをプロに相談しています。実際問題見積もり見たら、無理〜!ってなってこのままにするかもしれません。不親切も理由の一つですが、Webを仕事にすることをほぼ手放して情報収集も全然しておらず、化石の知識のまま自分で保守することに限界を感じているのです。

新しいMacも、(新しくするかはともかく)ホームページも、放置とか塩漬けはもったいないので、もっとガンガン絵を描いたりブログを更新したいな。ちょっとだけいてる見守り隊を心配させないためにも。

20241030_わたしは自分のオタクをやります

わたしはモータースポーツやプロ野球の観戦をします。一応、試合を見て騒いでも迷惑がかからないように、Xのアカウントを観戦専用で持っています。ただ、自分はいうてしかし、知識量の少ない中途半端なにわかファンなので、いらない発言をして知らぬフォロワーに不愉快な気持ちにさせやしないかと、あまり回せていなかったのです。フォロワーが15人ぐらいしかいないのに、投稿に野球選手の名前をいれるだけで閲覧数が跳ね上がってしまうの怖いよ…。

自信がなく、ここのところビクビクしてあまり積極的にオタクができていなかったときに、9月にスーパー耐久シリーズ(以下、S耐)の鈴鹿大会に行くことにしました!

それは前回のもてぎ大会をYouTubeで見ていたときのこと。
急にS耐TV(YouTube中継番組のこと)のTシャツが作りたくなりました。

時間は約1ヶ月しかありません。まずTシャツの有識者に話を聞き、レトロ印刷で作るのがいいよとのことで調べまくって鈴鹿大会の1週間前にワークスペースの予約をしました。その前日までには入稿をしなければならぬ。せせこらとつくり、紆余曲折を経て、Tシャツやらグッズができあがったのでした!ルンルン!

しばし、Tシャツができるまでの工程にお付き合いください。

自由帳に描いたラフ画
iPadでブラッシュアップします
イラレで清書し、プリンターで出力して朱入れ
コンビニで原寸大に出力し、手持ちのTシャツでイメトレ
いざ、ワークスペースへ。大きな機械に版をセット。
イラストを製版した版。これにインクを乗せて人力で印刷します。
Tシャツやカバンができました!

これを着て、意気揚々と鈴鹿サーキットへ。
奮発してパドックパスも買いました。そのぐらい気合入ってます。まずS耐の公式さんに写真を撮っていただいたり(インスタに載りました)、S耐TVのクルーのファンサタイムがあったので鬼アピール。テレビの中の人に会えるのはとってもうれしいです。MCの数野祐子さんたちにも会えて、解説の福山英朗さんに「ぼくもいるじゃ〜ん!」と言ってくださったのは大勝利でした。あと、女将(S耐のオーガナイザー)!!!

S耐のキャラクター、すぱーくといっしょに!

上の写真のようなはしゃぎぶりで、ハイテンションでそのへんを歩きまわり、選手たちに会えるピットウォークに現れ、Xに投稿しまくってました。あんなビクビクしとったのにいきなり「大勝利」とか「優勝!」とか言い出したのです。土曜日に歩き回って、日曜日にレースを楽しみました。それはとてもとてもたのしい2日間でした。

このS耐の観戦体験で気づいたことがあります。

上を見ればもうキリがないし、もうだれにもわかってもらえなくてもいいから、自分は自己満足のオタク活動に邁進すればいいじゃないかと。オタク同士がこころから分かち合うことは、どうしてもお互いの熱量や解像度をあわせる必要がありまして、これは孤独で世界を閉ざした決断です。自分一人騒いで、誰も得しない、見かけてちょっとでもおもろいと思ってもらえれば御の字な感じの。

ちょうどTシャツデザインが入稿できたときぐらいに、他のジャンルのオタクの知り合いがブログで「(応援グッズを)作るんや!マニアは!」と発言していて、そうだそうだ!と深く頷きましたし、大きく背中を押してもらえました。

そう決めたとき、気持ちがすこし離れていたモータースポーツの世界に帰ってこれることができました。プロ野球のシーズンは残念ながら終わりましたが…

観戦専用のXのアカウントも動かすことに。自分ひとりで騒ぐ用なので、フォロワー数や体裁など気にしなくてもいいのです。しょうもないことしか言わないので、多少、自衛はしないといけないですが。テレビ観戦でも、遠慮なくわーわー言ってます。イメージ刷新で、アイコンもイラストレーターさんにお願いして描いてもらいました。

ひさしぶりになにかを取り戻したような、心のなかにちょっと心地よい風が吹いた気がします。

あなたはあなたのオタクをやっててね。
わたしはわたしのオタクをやるから。

20240831_絵が描けない

※ややしんどい内容なので、耐性のある方だけお読みください。

コミュニケーションがとりにくいわたしにとって「絵の制作」は、とても大事なことのはずなのです。「食べることよりも大事なことなのね」とも言われたことがあります。

ところが最近、思うように絵が描けず苦しい。
気づいたら半年以上まともに描けていなくて、7月に罹患した流行病からようやく体調が戻ったお盆前ぐらいに気づいて、手を動かしてみたのがこれです。

見てどう思うかは自由ですが、自分では「なんかしらんけどひどい…」と思って悲しくなってしまったのと同時に、「これあかんやつや」と、ぶっちゃけると死を予感したのです。もうすぐちぬなって。

身体も病に蝕まれたりしているのですが、どちらかというと社会的な方です。
わたしから絵を取ってしまうと、なにもなし人間になってしまう。たんなるコミュ障。きっと仕事も趣味もできなくなって人生どーなってしまうの?

ところが、もうすぐ、社会的にちぬとわかってても、足掻く気にならないんです。普通、絵の練習とかすると思うんですが、なんもできない。ただただ漠然とした不安やしんどさだけがつきまとっている。おまけに、流行り病で潰した喉をテストするためにカラオケで歌ってみたがこちらも歌い方を忘れていました。(カラオケは、趣味ですが)

前に「(もはや持病になっている)咳が止まらないことは表現できないからだ」と言われて、もう少し早く手を打っとけばこんなことにはならなかったのかもしれません。年始の占いでも「絵も描きなさい」と言われたはずなのに。(カラオケは、100%菌のせいですが)

表現できないことが辛く病んでしまう日々。
必死のパッチでやっている仕事も、やるべきことにスキルが追いつかないことで、スタッフみんなの前で大泣きしそうになったり、周りやSNSにもうあかんと言いふらして心配をかけたり。

自分が今病んでいる、ということを、春からお世話になっている精神科訪問看護の方に共有し、ポツポツと言語化、整理をしています。整理したくて、重すぎた腰を上げてブログに書いているわけです。そういえば、ブログも書きたいネタはあったのに書けてないなと。

ふと、夏の体調の変化を書き出してみました。

●一番奥にあった銀歯が土台ごと取れて抜歯確定となる
●流行り病にかかり、1ヶ月ひきずる
●アトピーひどくなる
●流行り病罹患中に薬がなくなり、2〜3年ぶりに生理が来る

書き出してみたら事件ばかりで、これは心がついていかないなと。流行り病もそうですが、2〜3年ぶりの生理もヘビーでした。本当に事件を起こさなかったのは、お灸をはじめたおかげでしょう、というぐらい。

生理期間が明けたところで、お盆中に聞いた、ソラトイロのあゆみさんPresents、お金と自分の価値の話を思い出すのです。

自分の価値は自分で決めていい。楽しい、ポジティブなことに、価値をつけて発信する。価値を伝えることが、自分も相手もお互いハッピーになる。

今、仕事に必死になってますが、いちばん楽しいと思うことは別に置いときたいです。
なんだろうと考えてみたところ、描けなくて困ってる絵はさておき、他になにがあると思ったら「お灸」やな、となりました。職場のスタッフにお灸を広めたり、ついにプロの鍼灸師の治療を受けはじめたり。まさか40歳にもなって鍼灸師を目指す予定はありませんが、お灸を広めるなにかがつくれたらいいな〜。こうやって楽しいと思うことから、手繰り寄せて、なにもなし人間脱出を画策をはじめています。

絵が描けない理由が、魔女の宅急便のキキと同じだったらちょっと救いがあったのかもしれないのにね。ええ歳してそれはないか。

20240617_お灸で不調をふっとばせ

35年前、もっと前の話だったかも。
なんの現場かはナイショですが、公務員だった父が若かりし頃、交替勤務をしていた頃です。当時、身体の回復のためにお灸(やいと、と呼んでいた)を置いていました。

せんねん灸のサイトから引用


この人間?が並んでるパッケージね、鮮明に覚えています。わたしがなにかやらかしたときに、父が「やいとするぞぉ〜!」と脅してくるんです。幼稚園児にとっては、火をつけたアツアツのよくわからない物体を身体に置くなんて恐怖です。全力で逃げていました。

そんな「ガォーさん」よりまだちょっとまし(?)な脅しから35年後、当時の父の年齢をとっくに追い越して立派な中年となったわたし、ちいさなおみやげに、せんねん灸のサンプルセットをいただきました。

パッケージが脅されてたときのまんま…!!(メインカラーが緑だけど)
マッチ箱ぐらいの小さな箱に4つ、ビギナー向けのお灸が入っていました。

もう昭和平成令和と生きてきたので(?)、さすがにお灸はもう怖くありません。鍼も(20代のときに一度だけ)経験済みです。お茶や漢方を信じるタイプなので、お灸には不調を整えるための可能性が少なからずあると感じていました。

さて、どこに置いてみようかと、せんねん灸公式の入門動画で使い方を学びながら、不調別のツボを検索しました。四十路、あっちこっち不調があります…。

考えた結果、今いちばん深刻な不調の「(気管支喘息)」にフォーカスすることにしました。
ある日、Xのスペースで知人から言われたんですよ、「茶鏡さん。定期的に咳でちんでない?」と。はい、わたしの統計では季節に一回ぐらいです。あかんやん。

といいますか、このブログ記事を書いている今日、咳が2週間以上止まらず、仕事を休みました。今回はさすがに病院に行きましたが、もうすぐ弱りやすい夏がやってくるので、なんとかしないとまた休む羽目になります。

わたしがお灸を置いている咳のツボ

咳に効果のあるツボはいくつかあるのですが、わたしは、上の図の「尺沢(しゃくたく)」と「天突(てんとつ)」2種類・3箇所に置いています。最初から、すでに咳が出ている、もう時すでに遅しな場面で置いてみましたが、特に置いた直後は咳が出なくなるのでやっぱり効くんじゃと…。特に天突は喉のそばなので、熱いですがその分効果も感じやすいと思いました。

お灸は毎日続けることが大切です。なので、ドラッグストアで緑の箱を買って、毎日、多いときは1日2回、この3箇所においています。やるなら、夏バテもふっとばすと、他の場所にも置いてみています。松尾芭蕉も「足三里」に灸をすえて、奥の細道を旅したという、定番のツボ「足三里(あしさんり)」と、首や肩の緊張を解く「合谷(ごうこく)」。所要時間がが1回あたり5分ぐらいなので、お茶をわかしながら、(ちょっと工夫がいるけど)スマホ見ながらできるので、意外と気軽にできるセルフケアです。

置き場所、なんとなくなので、是非、大阪にあるせんねん灸ショップに行ったり、有識者に話を聞きたい…。せんねん灸の本社は滋賀県長浜市にあるのですが、お灸の熱さのレベルで滋賀県が広がっていくネーミングが良いですね。

お灸を毎日置いて、元気に2024年の夏を乗り越えることが目標です!

※ずーっと更新されてなかったプラグインが更新されたので、顔のボタンを復活させてみました。

20240503_25年ぶりに小説を書きました

こちら、JR奈良駅内のスタバのテラス席からの風景ですが、小説はここで書いてません。おうちで書きました。また作品は奈良が舞台ではありません。

約25年ぶりに小説を書きました。約1400文字なのでブログ1記事分くらいの短編です。
カクヨム」というサイトに試験的に公開しています。よろしければお読みいただけるとうれしいです。スマホで開くと途中からビューワーを開くというボタンが出てきて紛らわしいですが、アカウントやアプリがなくても読めます。

こちら↓のリンクからお読みください。
カクヨム「夢のほがらか新聞」

雑務ばかりやって本当に首の皮つながってる?
大手Webメディア「ほがらか新聞」に、デザイナーとして入社した潮田。激務の中で、できることを探していたら、雑務をやっていた。本当にこれでいいの?――筆者が25年ぶりに書いた小説で、見た夢を膨らまして書いたものです。

カクヨム「夢のほがらか新聞」

内容は、寝ているときに、ほ○日刊イ○イ新聞で働く夢を見て、それをもとに膨らませ、小さい物語に仕立てました。テーマは、大きな組織で何もできない苦しみと、ちょっとの救い。完全にフィクションです。20代のときに文章教室に通っていたときがあり、エッセイみたいなものは書いていましたが、架空の世界と人物・物語を文字に起こす小説は学生時代ぶりです。読むことも気づいたらなくなっていました。

わたしは発達障害の特性もあり、自己流の言葉を話します。わたしのリアル知人や、このブログの読者様は、察してくださっているかもしれません。日本語(奈良弁・関西弁)が母語ですが、なんとなく、外国語を話しているような感覚です。少し慣れてきましたが、特に会話が苦手で、通じる・通じないのレベルで話すので、共感やリズムで話す人とはコミュニケーションが取れません。

自己流の言葉を使う弊害は、会話だけではありません。このブログは、読みやすさなどを無視して書いている単なる日記帳なのでまだ良いです。「ライティング」、いわゆるターゲットのために「発信」する文章が書けないのです。仕事で、書くことが求められていましたが、ほぼほぼ、書ける人におまかせ状態になりました。数百文字の簡単な文面もひっくり返るレベルの朱が入ります。

そんなライティングに対する苦手意識を持っているわたし、なぜかカクヨムのユーザーである知人に誘われて、小説を書いてみようという話になりました。小説を書くときは、登場人物の設定やプロットを書くのですが、難しいので、まずネタは見た夢で覚えているものを膨らますのがいいなと思い、ドラフトを作成し、そのまま一気に書き上げました。

作成したドラフト(小さくしてます)

自分で書いたものをそのままカクヨムに公開するのは恥ずかしくなってしまったので、誘ってくれた知人にチェックを依頼し、整えて完成、公開しました。

思い出したことがあります。文章教室では、自分の経験していないことは書けない、暮らしを見つめ直して新しい可能性を見出す、ことがコンセプトで「おんなじことを何回も思い出して!」と口酸っぱく言われたことです。頭の中の情景を明瞭にしていく作業。最初は何を書けば良いのか戸惑いましたが、いつしかわたしは、小学生の時のことを書いていました。しんどい思い出を清算したかったのかもしれません。

学生時代に書いた小説は、好きな漫画やゲームのパクリ合体で、自分の引き出しだけで書いていました。若気の至りですかね。それはそれで良いのですが、本来、小説・フィクションを書くのは、物語を通して伝えたいことに沿って、知らない・経験していないことは誰かに話を聞いたり、イメージを膨らませたり付け足したりなどして、丁寧に練りあげて作られていくものだと、考えています。これはライティングも似てそうです。

25年ぶりに書いた小説は、夢の中での経験をもとに書いています。膨らませていく過程で自分が悩んだり苦しんだりしたことを織り交ぜつつ、物語に登場する社長なら、主人公になんて声をかけるだろうかと考えました。社長との会話は膨らませた部分ですが、夢、というキーワードが出てから案外スッと出てきました。本当に社長が語りかけたかのように。

そういえば、同人誌活動をテーマにしている昔のゲームで、漫画を描いているヒロインのひとりが「漫画を描くときは登場人物が話しかけてくる」と言っていて、天才やん、ってなったことがあったことも、思い出しました。物語を作るのは、ほんとうに奥が深いですね。

また、気が向いたら、インパクトの強い夢を見たら、書いてみようかな。

20240418_NPOの仕事に全振りしてます

ものすごくやる気のあるように見えるタイトルですが、ガス抜きに書いているブログなので、期待しないでお読みください。「ガス抜き大事だにゃ」

4月からNPOでの仕事に全振りしてます。
以前から「1日の働く時間を増やしたい」とお願いしつづけたり、一方では別のバイトを探したりと迷いに迷いつつ、他の活動をやめたり縮小したりと準備はしていましたが、ようやく打席が回り、来るときが来ました。

自分自身の意気込みもそうですが、スタッフの期待も高まっており、この歳になってもまだシゴカれてるという、ありがたみとしんどみを感じています。本当に些細なことでもサポートが必要だったり注意されたりしてます。みんなに支えられてわたしは仕事ができておる…。

全振りの選択ができたのも、NPOでの仕事はやりがいがあって、得意なことを活かしてもらえて、働きやすい環境があるというところも大きいです。団体とはほんとうにたまたまの出会い(ハロワで見つけた)なんですが、出会えて感謝です。次の転職は障害者雇用で清掃や工場の仕事なので、40の涸れた馬鹿力を振り絞り、全力でしがみついてます。しがみつくという言い方は良くないですがまさにそういう感じです。

「この俺様を(採用フィーが)タダで雇えたんだから有り難く思うのじゃ」というメンタリティでいたいところ、老若男女問わず優秀な者ばかり集う団体ではそんなこと口が裂けても言えず、「まずは休まない!」と思っていたら、早々と風邪をひいてしまい1日休みました。

寝ても疲れが取れないと思っていたら鼻水と咳が出始めてグズグズに。ヤクルト1000毎日飲んでたのにな〜。たぶん、精神的にもちょっとやられてしまっているようで、自制心がなくなり、お金がないのに浪費や外食をしてます。こまった。普通の人は50か多くて70ぐらいのちからでできることが、100のちからを使わないとできないので、すぐへばります。「定期的に咳で死んでない?」という指摘を受け、統計では季節に一回咳で倒れていることがわかりました。前回は年末。

ところで、フリーランスという働きかたをやめたのは、スキルはおいといて(スキルもいうほどないけど)、仕事の進め方やコミュニケーションの取り方などにおいてひとりでは厳しいということに気づいたからです。信用をなくすような仕事・行動・言動をする、挙げ句「マネージャーを雇えば?」と言われたりしました。よく、発達障害はフリーランスで働くほうが良いとも言われますが、それは圧倒的なスキルをもった一握りの人たちなんじゃないのかなと…。人はすっかり離れましたが、まあよし。

とはいうものの、絵の制作など個人活動は、できる範囲でやります!ブログも書きます!
ただ仕事が優先なのでスローペースにはなるとはいえ、自分の世界を守ることは大切なことなので、続けます。いろんな占い師からそれは言われているので。

取り止めない感じになりまして。
のんびり書き綴っていきますのでよかったらお付き合いくださいませ。

20230329_中島みゆき信者のおぢばがえり体験

ご注意:本記事は、天理教の信者でもないイチ中島みゆきファンが、天理教教会本部の見学ツアーに参加した時の、とても低レベルな感想です。中島みゆきさんや、天理教について深く知りたい方は、他の文献や記事を当たってください。言葉遣いがよろしくない部分や独自の素人解釈があります。

わたしが愛する中島みゆきさんの歌の特番がNHKでやってたんですよ。映画やドラマなど映像作品のために書かれた歌の特集で全部神曲。ああ、コンサートの思い出も蘇ってくるぜ…。

中島みゆきさんは天理教の信者さんと言われています。天理教は奈良県民にとってはメジャーな宗教であるのですが、知識は「子どもおぢばがえりのCM」「天理臨時列車」ぐらいで、どんな教えなのかよくわかりません…地元の教会からはチントンシャン言うてるんやけど。あと「ようこそおかえり」なんなの、ここはコンカフェなの…?

なんと、大阪で毎月24日に開店する謎のバー「天理教バー」を主催する、なるひとさんの引率で、天理教教会本部見学ツアーに行ってきました。

じゃ〜ん!

天理教教会本部の中は撮影できませんが、とってもピッカピカです。

この場所は「ぢば」と呼ばれ、「親神様(オヤガミサマ)」が最初に人間を創造された場所であり、全人類のふるさとといいます。ぢばを訪れることを「おぢばがえり」といい、それゆえ「ようこそおかえり」と迎えられるのです。

天理教が目指すものは、世界中の人間が共に助け合い、陽気ぐらしをこの世に作り上げることです。

レクチャーを受けながら見よう見まねで簡単な礼拝をして、本部内を見学し、「天理教基礎講座」で1時間半の座学を受けました。天理教とはなんぞやから、信仰によって「心のあり方」が変わり自分の人生が変わったという話、お、お腹いっぱいやで…

この「心のあり方」に関する考え方がとても独特です。人間の体は親神様からお借りしているもので、心だけが自分のもの。借り物である体は親神様の思し召しにかなう使い方をするものであって、ご守護にあずかることのできる心遣いは誠の心「人を助ける心」であると…。

少し脱線して、スピリチュアルの話になります。「スピリット・ヒーリング」というボディ(肉体)・マインド(精神)・スピリット(魂)のバランスを整えて心身を治癒し、目指すところは「本当の自分」を取り戻し成長・覚醒させる、というヒーリング法があります。スピリットが「本当の自分」から離れていると、不調をきたすのです。ヒーラーの話の中で「霊主肉従」という言葉が出てきました。霊的存在である人間が生きていく上で、スピリットを優位にさせて、物質中心の生き方・考え方をやめて、スピリットの意識・思考を軸にしましょうという意味です。

とっっっても簡単にいうと、エゴや物質欲に支配されず、他者を愛せよと。

で、朝にヒーラーの話を聞いて、昼に天理教の話を聞いていて、異なるところはありますが、霊主肉従の話や心や魂のあり方が似ていると感じ、自分の中でよくわからなかったヒーラーの話が天理教の基礎知識で説明できて、妙に納得がいきました。スピリチュアルと天理教を一緒にすな、と言われそうですが。逆説的に言うと、天理教には、親神様の思し召しに沿わない、「八つのほこり」と呼ばれる自分中心の心遣いがあります。ほこりについては詳しくは別サイトに預けますが、霊主肉従の逆の「肉主霊従」の考え方に当てはまると思うのですがどうでしょうか。

教会本部内は、親神様のためにと、ぢばに帰ってきた信者さんがピカピカに維持しています。「心のあり方」に着目した天理教の教えは、ツアー内でそれが宗教としていいか悪いかの話にもなってたような気がします。「信仰」そして「心のあり方」で、病気も治る、人生も変わる、なんと言うことでしょう。人のための心と行動することによって、自分が成長・覚醒するのかもしれません。信じるか信じないかは(略

さて、やっと中島みゆきさんの話ができます。天理教の教えや「心のあり方」をちょっとだけ学ぶと、歌の世界に奥行きが出たように感じます。単にバックボーンをわかった気になってるだけかもしれませんが、コレは!ってなるのです。わかり良い例は「命の別名」という曲の「命に付く名前を心と呼ぶ」と言うサビ。

みゆきさんの歌詞は普遍的で、時に人間の嫌な部分もあぶったりと厳しくおどろおどろしく、けれどどこかに救いがあります。救われてきた身としては、歌の解釈が変わるのはどうかという気もしますが、今のところ好意的に捉えています。どうしてこの歌が書かれたのかがイメージしやすくなりました。詩集を持っているのですが、天理教の信仰のことや「心のあり方」がどっかに行ってる解説に疑問を持ってしまいました。

インプットでパンクしてかなり疲れましたが、おもしろかったです!
なるひとさん、このような機会を頂き、ありがとうございました!

【参考文献】
「天理教基礎講座 陽気暮らしへの道」(天理教布教部)

20240314_生成AIのせい?で萎えた

ついにiPadのキーボードを買いました。わたしのiPadが古い機種なので、中古。使用感がありますが、きれいなものを買っても、どのみち自分がきたなくしてしまうので、使えればOK。これまで、3COINSで買った1500円(500円玉3COINSですね…)のキーボードを使っていたのですが、Windows用で使いにくく、iPadのために作られたものはやっぱりいいなあ。スタンドにもケースにもなります。これでiPad置きも要らなくなるなあと思っていたら、踏んづけて壊しました。

これでブログ執筆や制作をするぞ〜と意気込んでおりました。身体はだいぶ元気になったはずなので。
ところが全然やる気が出ません。というか、萎えてしまっております。

75000円取れるイラストレーターに嫉妬するのは「普通」。
所詮、10000円(友達価格)でも後から文句言われる実力の絵描きなのですし。

無料または安価で生成して利用できる「AIイラスト」を、みんながじゃんじゃん生成して楽しんでいるさまは、芸術家としては堪えるものがあります。ちょっと前なら「似顔絵描かせて」と声がかけられたものを、今はそれがとても言えません。よりきれいな絵がパパッと作れるのだから。

ELEMENTS展でF30号の抽象画を描いていた時は、「AIなぞ知らん!」という勢いで描いていました。バックボーンやコンセプトなど全部わからなくても、原画の美しさだけでも感じ取って楽しんで欲しいのです。そうこうしていうるうちに、絵の具で描いた絵の層も読み取って学習する技術が生まれるのかもしれません。それは避けられないことで、だからこそ、見る側の目と頭を養ってほしいと思っています。ELEMENTS展で話したAIに対するわたしの考えはこちら。赤字で書いてます。

とはいえ、見る目と頭を養え、というのは、独りよがりな願いです。世の中は、より簡単で便利な方に流れるようにできています。割り切って付き合えば便利に活用するのがかしこい選択だと思っています。自分の創作は自分の創作、AIに任せる部分は任せる。例えばELEMTENTS展でデザイナーさんが「仕事のためだけに使う」とお話しされていました。仕事だけに使う、文章を書くときだけに使う、大切なものづくりには使わない、自分なりの線引きをすればいいと思います。

それでいうとまだわたしは線引きができていません。
例えばわたしはまだChatGPTを利用したことがありません。使えたら便利なんだろうなあと思いながらも、使い方のイメージができていないのと、ミョーな職人気質やビビりが邪魔をしていてまだ使う気にならず。一度、イラストのモデルに人物モデル困ったときに「AIで生成してみたら?」という提案をもらいCanvaの機能でやってみたんですが、よくわからないまま…。

自分で線引きも割り切りもできないまま、ぼーっと数ヶ月過ごしていたら、いつの間にかみんながAIイラストを生成して、あげく人にプレゼントして喜ばれていて、人間が描いた絵の価値ってなに??と悶々としてしまっている今日この頃です。人間同士の競争に、こざかしいテクノロジーが参加した。と捉えれば、無視してもくもくと下手な絵を描き続ければいいかなとも考えられるんですけど、絵を描くことはわたしにとって誰かによろこんでもらえたり楽しんでもらう、コミュニケーションのための大切な行動で、それをAIに奪われた感じがするのです。自分より実力のある人間ではなくて、テクノロジー…機械に奪われるのが嫌。

そんなことを言っていても、また描くときはいつか来るのか来ないのか、そのあたりは自分次第。いつんなったら、わたしは絵を描く気力を取り戻せるのかな…。

(自分の作品が学習に使われてしまうという危機感とは別の課題意識であることを明確にします)

20240303_新しいお薬治療を始めました

梅の季節。奈良の月ヶ瀬梅林が見頃ということで、大阪城の梅林はもう終わりかけ。
バイトの帰りに行ったので、夕暮れの風景です。桜も好きだけれども、梅も渋い魅力があって好きです。

ブログがしばらく止まっていました。

前々から健康診断で数値が高いと言われていた、血糖値をトラックしたら「内科にいけ」となり、内科で糖尿病の診断がおりました。2月より、お薬での治療が始まっています。なかなかこのお薬がクセ者で、身体が慣れるのに時間がかかっています。

血糖値が高いとわかった時点で、ダイエットや食生活の見直しなど回避できる行動をとるべきだったのですが、放置していました。ちょっとしんどい話ですが、常に薄く希死念慮があり、病気で死ねばいい、かかってしまえみたいなところがあったのです。ただ、高齢になって糖尿病をグワッと発症し治療に苦心している家族を見ていると、やっぱり治療しなきゃと。

こうして糖尿病とのお付き合いが始まり、発達障害やアトピー、婦人科系の病気と付き合っているわたしはもう一個増えたし医療費かさむやん〜という気持ちでいます。でももう40歳、もしかしたら、これは死へのカウントダウンも同時に始まったのかもしれません。いきなり心筋梗塞になって逝く可能性もありうるのですし。

ならば、残された時間でできることは、となるのですが、な〜〜んもできていません。
お薬で身体が変わってしまったせいで、な〜〜〜〜〜んもできなくなり、ブログの更新や絵の制作、読書も体調のトラックもできなくなり、ただひたすら(さびしいから)ライブ配信を見て廃人化しています。これはよろしくありません。

さて、どういうお薬で治療を始めたかの話。
ドクターが「これでいけるなら一番いい」といって出されたお薬は、身体の中の糖を尿から排出する薬です。薬名で検索するとダイエットの話の広告が出てきます。それだけ、糖を排出する力は強力で、飲みだしても間もなく、このズボンスッと入るようになったな!?という感覚を覚えました。お手洗いの回数はもちろん、水分補給量が多くなり、ほぼ毎日やかんでお茶を沸かしています。

飲み出して、低血糖になったのかどうかわからないですが、寒気と眠気を覚えました。寒気はすぐおさまりましたが、眠気はなかなかとれません。朝はギリギリまで寝て、夜は遅くまで起きられないということになりました。もともと疲れやすいというところもあるんですが、やる気やエネルギーがごっそりなくなってしまい、仕事以外のことは何もしたくないとなりました。

ところが飲みだして2週間、薬剤師さんから電話がかかってきて、「眠い」と訴えると「この薬に眠気を誘発する副作用はないんですが…」ということでどういうことやねんと。他の薬のせい???

だんだん慣れてきたかも?な頃、食事を抑えていたり廃人状態になっていることにストレスを感じ始め、浪費や暴食を始めるようになりました。ダイエットでいうとチートデーを何日も作っている状態です。そろそろやばいということに気づき、なんとかその状態の記録をつけつつ、これは薬に負けないで制作と家事を少しずつ復活させることにしたい……と考え始めたところで、お薬がなくなりました。

身体の変化についてドクターに話し、薬の服薬は続け、もう少し慣れるまで様子を見ることにしました。身体がショックを受けたのは本当のことですが、しんどい(特にメンタルが)のをお薬のせいにしているところも、あるかもと今になってから思っていますので、3月から頑張ります。ブログ更新もそうですが、作りたいものができたので制作も少しずつ始めます。

できること、やるべきことに集中することは、いちばん心を癒すのです。

最近は下がかぶれることが気になってきたので、まず毛を剃ります。

ーーーーー

お知らせです。
昨年9月に開催された「未来市Vol.2」にて販売したプラバンのバッヂを通販しています。
わたしの方で3〜5個セレクトして、送料込み700円で販売しています。

ご興味ある方や購入希望の方はフォームからお申し込みください。
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20240204_新読書習慣「生産的読書ノート」をやってます

買っては増えていく積読。正直読書から離れていました。
2023年の12月には、年末年始勉強するぞーと意気込んで高い本を買ったのに、風邪で寝込むハメになってしまいまた積読になってしまう、、、

このような状況で新年を迎え、仕事がスタートしてまもなく、あるノートを紹介してもらいました。

それは伊丹にある本屋さん「ブックランドフレンズ」が作った「生産的読書ノート」というノートです。
書き残した言葉やメモを左ページに書き、右ページに自分で気づいたことや、閃いたことを、わいてきた感情を9マスの欄に書きます。9マスの中央に、理想の未来のイメージを書き、新しいアクションへのタネにするのです。

教えてもらった時に「これは新しい読書習慣が生まれるぞ〜」とワクワクし、即購入。メモをとったり書くことはあまり苦ではないので、勉強しようと思った時は普通の読書メモを作ろうと思っていましたが、グチャっとなるし、読んだ本についてちょっとしたお題を与えられる方が刺激になります。これまでに3冊トライしてみました。これなかなか難しいですが、とても楽しいです。そのうち2冊、大公開します笑。
まだ、初心者なのですが、秘密にしなくてもいいアウトプットなので…

そもそも写真が読みにくいのとスマホで読んでくれている方は余計読みにくいです(汗)雰囲気で。

ドリルを売るには穴を売れ」というマーケティングの入門書。理論の説明と並行して、若い女性社員が「レストランを立て直す企画を2週間で考えてこい」というミッションを与えられ、実践していく物語が描かれます。左ページは、割と重要キーワードを書きつしたりしていました。マーケティングって難しいですが、なぜ、あなたはこの商品をこの店で買うの?という問いから、買った時のプロセスを考えていくことから考えていくんですね〜。

いますぐ実践できるところがわかったところで、ちょっと気になったのは、右ページの8マスには本からのインプットを中心に書いてるなということに気づいたのです。勉強の本だから仕方ない部分はありますが、「行動のタネは心の中にあります、心の動きを書いてください」と説明にあるのに、ちょっとズレたなという感触でした。もちろん、本の中のこれがやりたい、考えたいは心の動きではあるのですが。

ということで、次の本は勉強の本じゃない本に取り組みました。

Numberというスポーツ雑誌の「阪神タイガース監督論」という特集で、2023年の「アレ」が決まる前に刊行されたものです。伝統と熱狂の球団を率いるとはなんぞや?という特集で表紙には岡田彰布監督と一緒に、過去の有名な監督もいらっしゃいます。2〜3年前からプロ野球を見出したのでまだにわかなのですが、岡田監督は矢野さんとは違う、厳しさみたいなものがあるなとはテレビを見ていて感じていました。読んでいると、よく言われている「阪神愛」より、ディフェンシブで冷静な勝負強さのある「知将」の一面に惹かれました。

わたしの好きな野球の監督はノムさんなのですが、岡田監督の眼差しが好きです。タイプです。この特集を読んで岡田監督が気になりすぎて、ノートにつけていくことで、少し右ページの8マスの付け方のコツがわかってきました。岡田監督の本が読みたい。勝負所を見つける目を持ちたい。みたいな…

★★★

そんなこんなで、今一生懸命本を読んでます。
通勤電車の中で読んで、気になるところは付箋を貼り、後でノートに付けます。勉強の本とそうでない本と小説とで混ぜこぜに読んでみようかなと思っていて、今は結構長いこと塩漬けになっていた、F1の本を読んでいます。

ノートが届いた時に添えられていた店長さんからの手紙には「その熱意があるうちに行動に移してください、それが成長への第一歩です」と書かれていました。難題ばっかり書いてるような気がして腰が重いですが、書いたことをやってみよう精神で実践したいと思います!

生産的読書ノートは、ブックランドフレンズさんのサイトで注文できます。
読書好きの方も、本は好きなのになかなか本が読めないという方も、新しい読書習慣に、おすすめです!

20240126_おばあさまがみてる

「おばあさまが見てるから…」

その言葉にハッとしました。
ばあちゃんには、今、空から、神の視点で、われわれが見えているということ。
そのことに気づいてから、生前のばあちゃんのありがたみや感謝が身体の中に入ってきて、すっと、徐々に受け入れられています。悲しくなくなりました。生きている間に気づけっちゅう話ですが。

by ぱくたそ

2023年の年末に、施設にいたばあちゃんが他界しました。
施設へ会いに行った時から覚悟はしていましたが、訃報を聞き葬儀が終わるまでとてもあっけなかったです。

葬儀は家族葬で、雰囲気は終始和やかでした。棺の中のばあちゃんのお顔はとても綺麗で。BGMなんか聞いたことがあるなと思ったら、ファイナルファンタジーⅣの「愛のテーマ」でした。この曲はFF4の劇中では男女の愛を語る曲ですが、家族の愛だっていいじゃないかと思うのです。ばあちゃんは間違いなく愛されていたから。う〜んナイスなチョイス。

それから時々「愛のテーマ」を聞きながら、ばあちゃんを感じています。施設にいたときはベッドの上でひたすら最後の生命を繋いでいたのが、星になり空から見守ってくれている。と感じています。

ばあちゃん急逝から約1ヶ月後。わたしの誕生日がやってきました。

40の大台に乗るので、昔マクドでさせてもらった誕生会みたいに豪華にしたくて、お世話になってるコンカフェさんにお願いし、キャストさんたちと一緒に誕生会をやってもらいました。相談をした時に「やろうや!」ってなってくれて本当に嬉しかったです。これのために貯金をして、ケーキ買ったりキャスト全員に乾杯を入れたりとパーっと使いました。夢だった、コンカフェでパーっと使うの。(いうても金額は大したことないけれど)

コンカフェをでて、2軒目の店の打ち上げで、お節介おばさんみたいな行為をはたらく野郎がいて、めちゃめちゃ不愉快で、前の席にいた若い男性は帰ってしまったぐらいの不愉快レベルで、大人としてお節介野郎を怒ればよかった。わたしにとってはじめましての集まりだったので二の足を踏んでしまった、誰が見ても不愉快な行為なのに。

そういえば、ばあちゃんは元気だった頃、わたしがずっと独り身であることを気にしていたようです。わたしは障害を持っていることも、それゆえ結婚は難しいことも、知らないまま。多分話しても、受け入れられなかったと思います。だから、そんなこと知らん!という態度を取っていましたが、それにそっぽを向かないで許さないといけません。心配しているのだから。ばあちゃんの世代は、結婚が当たり前なのだから。

「他者を恨まないで許すことで、自分の心が変わる」
これは2軒目で、例のお節介野郎が壮大すぎる体験談とともに語ってくれた天理教の教え。

グズグズに酔っ払って終電で帰ってきたら、Spotifyを開いて、中島みゆきさんの「誕生」という歌をこっそり熱唱していました。「♫耳をすまして、思い出して、最初に聞いた、Welcome〜」(歌詞全文はこちら)というところは、ファンとしては誕生日に歌ってもらえるとめちゃくちゃ嬉しい曲なんですが、ばあちゃんの急逝のこともあって、ここまで話したことぎっしり凝縮された歌になりました。

それもそのはず、ばあちゃんは、わたしが生まれた時から、わたしのことを知っているのだから。
母方の祖母なので、最初にWelcomeしてくれた人の、一人かもしれません。

ちと練習が必要なんですが、「誕生」を思いっきりカラオケで熱唱したい。星になったばあちゃんを想って。

きっとばあちゃんはみてくれている。カラオケだけじゃなくて、これからも。

20240120_悪夢と小説

こうやって広げて寝るから悪夢見るねんのイメージ。広げないけど。by写真AC

年末から風邪を引いて、長く引きずってたせいか、悪夢を見ることが増えています。
悪夢で多いのは過去の夢で、時代をシャッフルして過去に出会った人物たちが同じ教室の中にいる、みたいなもので、不愉快ではあってもまあまあ、すぐ忘れます。
ところが最近、ストーリーが脳裏に焼きつけられたまま目覚めて、身体がガッチガチになった明らかに「悪夢だ」という夢を見ました。

海外旅行に行っていました。アジアで、多分韓国?。
経緯は分からないが、どうやらえらい人の情報を握ってしまい、現地の仲間とともに公安(といっていいかわからないが国家組織に違いない)に狙われ、謎のレトロな屋敷(観光地かもしれない)で、捕まりました。公安の人に何発も銃で撃たれ、地面を這うわたし。逃げ回る仲間が見つかりそうなるのを見て「逃げて〜〜!」と叫ぶ、また身体の何処かを撃たれる。おかしいのが、なぜか意識ははっきりしており、生命はあったまま。傷口の不快な感じはあっても、痛みはよくわからんくなってたのかもしれません。公安が「こいつは生命力が強すぎる!」となったらしく(現地語がなぜわかるねん)、大きな点滴のような容器に入れた液体を運んできて、注射針で刺そうとしたところで「注射は嫌だーーー!やめてくれーーー!」と叫びまくっていた…

ここで目が覚めました。22時ぐらいだったかと思います。あわてて夢占いを調べましたが、状況の情報量が多すぎて何を信じればいいのかわかりません。霊柩車の夢以来の、印象深い夢でした。

風邪は快方に向かっていても、なんとなくしんどい日々が続いてます。

公安に撃たれる夢の時期と並行して、小説を読みました。
青山美智子さんの「猫のお告げは樹の下で」という本。これは自分で手に取ったものではなくプレゼントされたものです。読書の習慣を復活させようと、通勤電車の中で読んでいたら、気持ちの良いストーリーでどんどん読み進められました。

細道の奥にある神社にいるおしりに星のマークがついた猫。出会う人出会う人にタラヨウの葉に刻まれた謎のお告げを落としていく。神社にやってきた7人の迷える人間たちが、お告げに導かれていくそれぞれのストーリー。お告げの真の意味に気づいたときに、物語が、主人公が動き出し、世界が変わっていくのです。

内容はネタバレになるので基本割愛しますが、お告げの導きによって、主人公の視界が広がったり視座が変わったりして、どんどん世界が変わっていくのが気持ち良く、最後やさしい気持ちになれました。一番好きなのは、推しが尊くてお父さんクサイと言い出した思春期の娘をもつお父さんの話です。お父さんやジジイが大切な人のために頑張るところは味わい深いです。この本をわたしはどんな人に勧めたいかというと、閉塞的でカチンカチンになっている人かな。あ、それはたぶんわたしだ。

「猫のお告げ〜」を読んで、調子に乗ったわたしはもう1冊チャレンジし始めます。今度は小説ではなく、読書体験に関する本で、まつむらゆうこさんの「惹かれる本は私をうつし 出会う本が私をつくる」。これは自分で買いました。わたしと同じく、読書から離れてしまったまつむらさんの、伊丹にある書店「ブックランドフレンズ」の店主さんとの関わりを通して向き合い方が変わっていったという体験記です。その中で驚いた一節があり「物語を通して人生を疑似体験できる、頼れるもの」と。

そこまで、物語を深く味わうのか〜〜〜と。わたしにとって小説はエンターテイメント的なもので、テレビや映画を見る感覚で、主人公たちの行く末をハラハラドキドキしながら見守る感覚です。二時間ドラマで犯人を予想しないタイプですが、頭の中で情景や心理を想像する(あまり、できていませんが…)のは、小説ならではかもしれません。

小説は著者の人生から糸を紡いで生まれた物語。
悪夢は自分の人生から湧き出した潜在意識のようなものが生む物語。
それぞれ、体験しなければわからない、今の自分とは別の人生の疑似体験。

小説と悪夢を一緒にしないでほしいと言われそうですが、例の夢を見ていなければ、わたしは韓国に行きません。「猫のお告げ〜」を読んでいなければランボルギーニのプラモは触りません。

物語を味わう奥深さを再発見したので、当初マーケティングの本とか読もうと思っていましたが、小説などコレまで読まなかったジャンルの本も読んでみたいと思いました。
積読もたくさんあるので、2024年は読書を楽しみますか〜。

20240108_2024年を占ってもらいました。

新年一発目のブログです!2024年もよろしくお願い致します。
年末年始は風邪にやられていました。

最近、ステッカー屋のビーサイドレーベルが楽しいです。今風のイラストの勉強にもなります。

こちらは2024年の手帳の裏表紙です。裏表紙は今日(更新日で言うと昨日ですが)お迎えしたドラゴンさん(辰年だから)ですが、表紙には「自分のペースは崩さない」と書かれたステッカーをはっています。これはマイペースのための手帳なのです。

以前のブログ記事で、フリーランスの活動をやめてNPOのバイトに集中すると書きました。

2024年になって、その決断本当に正しいんやろうか……と今更なりまして、占いで見てもらうことにしました!よい機会があり、ライブ配信ではなく、対面で時間を取って見ていただきます。

いまのバイトに全フリしたいけど、この決断のまま突き進んでいいのか、プライベートもおろそかにしないほうがいいのかとか、悶々としていることを話しました。今日の先生は手相とタロットの先生です。

手相を見ながらいろいろな話をしていくなかで、ばしっと言われたのが、

「ひとつのことに固執すると、沼にハマるよ」

えっ……うそやん……。
「自分を表現する表現活動(茶鏡さんの手相は表現する相だから)や、プライベートも、色々なことを何個もやったほうがいいよ!」

ああそうか、絵の制作とかは辞めない(ゆるめない)ほうがいいのか。ブログも書き続けてくださいと。お金に困っていると話すと、お金お金しないで、お金のかからない、コトや価値観に出会えるし目を向けましょうと。人を引きつける相があるから、新しい出会いもあるよと。

それはそうと、わたしは今年40歳になります。
40にもなってこんなダメ人間かよ!という一方、ちょっと楽しみでもあったりします。

何年か前、たまたま出会った四柱推命の先生(今日の先生とは別の方です)に、自分の生年月日をもとに星を見ていただいたところ「おお!!!!!!!あなたは40歳からやから」という言葉をずっと信じているのです。

今日の先生曰く「40歳のところで新しいことを始めるのに良い線が出ている」とのこと。コレはアレでしょうか、ちょっと前に読んだ「俺はまだ本気出してないだけ」というマンガの、40歳のおっさんが突然漫画家を目指し始める、みたいなことか……謎の自信と情熱は必要かもしれません。

20分の占いのセッションは、終始ポジティブにお話をしてくださり、とても楽しかったです。
自分で決めたことをブレずにやらなあかんと、ちょっと頭が固くなってたので、それをほぐしてもらったという感触です。

世の中のために仕事をすることと、自分の世界を切り開いていくための作業を、同時並行にやっていく。を続けたほうがいいんだな〜と考えさせられる占いの結果でした。1月は仕事、4月は制作、とウェイト配分を時期によって変えつつ柔軟な感じで、やってみようかな…。マイペースでね。

なので、サボっていたブログをあわてて書いています。ふつうの日常ですが、ブログは2024年も続けますので、よろしくお願い致します。

20231224_今年買ってよかったもの2023 – FLYER’S 70XX PRO-SPEC

年末のブログテーマで定番のテーマでお届けします。
2023年は、
HARVEST LABELというブランドの「FLYER’S 70XX PRO-SPEC」というバックパックです!

山口幸一さんという、憧れの鞄デザイナーさんがいらっしゃいます。吉田カバンの「TANKER」というシリーズを生み出したことで知られており、わたしとは世代がズレますが、コアなファンがいらっしゃいます。

わたしが出会ったのは、約15年弱前のマスターピースとのコラボでした。
「誰?!山口幸一って?吉田カバンにいた??タンカー考えた人??とにかくその鞄はやばすぎる」とお店でわわ〜っとなってました。そのときも悩んだ末、ボディバッグを買って、今もお気に入りで愛用しています。

山口さんが吉田カバン退社後に、HARVEST LABELを立ち上げ、1998年に「SUPER HARCULES(スーパーハーキュリーズ)」という鞄を発表しました。(HARVEST LABELの歴史はこちら)

HARVEST LABELの「スーパーハーキュリーズ」が20年以上の時を経て、ニューノーマルな時代にフィットした機能性を備えアップグレード。
象徴的なフロントデザインはそのままで、フライヤーズのブルーサイン基準を満たすオリジナルの生地や、現代の生活に欠かせない新たな仕様の数々をプラスし、「FLYER’S 70XX」として生まれ変わりました。

https://harvestlabel.jp/

公式サイトからの引用のとおり、「SUPER HARCULES」を現代風(PCポケットをつけるなど)にアップデートしたものが、今回購入した「FLYER’S 70XX」です。

商品ページを見てみてください。値段びっくりすると思います。

わたしの好きなものは「車、鞄、芸術」です。
最近、どれも中途半端になってしまっておりました。
車には乗れないしレースも見に行けてないし、芸術はなかなかギャラリーに足を運べないし、鞄にいたっては、ホイホイ買うと破産するのわかってるので脳内スイッチ切ってました。

そんな状態である秋の日、梅田阪急で見ていたコートが4万円。ちょっと待って、4万円のコート買うんならなんぼか足してあの鞄(今回買ったやつのこと)買えるし、そっちの方が絶対いいとなり。後日わざわざバイトを早退し、東大阪市にあるお店に赴きました。

お店の方に現物を見せてもらい、知る人ぞ知る山口幸一さんの話や復刻にあたってクラファンをした話などをし、テンション上がりワクワク。めちゃくちゃ欲しくなりました。

Webで買ったほうがクーポン使えるからお得ですよ〜ということで持ち帰ってから、結構葛藤ありました。ただでさえPCの買い替えは迫られているし、言うてる間にiPadやスマホの買い替えがやってくる、そもそも生存どうすんだとなり、計算も始めたわけですが、

好きなものに全力を出すには、逆に今だ。ということに気づいたのです。

約1ヶ月ぐらい悶々としてました。PCのローン始まったら絶対買えなくなるし、あの鞄もいつまでもあるわけではないし、っていうかスバルWRXS4買ったらお値段の桁が2つ増えるんやし、この機会を逃したら一生後悔する、ということで、清水の舞台を飛び降りることにました。
約15年弱前も無理してバックパック買えばよかったと、ずーーーーっとずーーーーっと思ってたから。

お迎えしたときは「これ大事にせな…」とちょっとドキドキしてたのですが、公式サイトのこの言葉を見てとてもうれしくなりました。

ハーヴェストのバッグ作りのテーマに「購入したときにベストじゃないバッグ」というものがあります。それは使い込んでいくうちにシワや傷がつき、まるで穿き込まれたヴィンテージデニムのような風合いが生まれ、ユーザーそれぞれの味が刻まれていくバッグであることです。

https://harvestlabel.jp/pages/brand-history

わたしは、鞄に限らず、いいものはいいものであるほど酷使して自分のものにしたいと考えるタイプです。ものづくりのポリシーが自分の価値観にハマって本当に良かったのです。
※どうしても綺麗においときたいものは2個買います。めったにしませんが。

すでに通勤で酷使していますが、安心して酷使します!
今は前面についているポケットに何を入れようか考え中です!

誰かに自慢したいと思っていたので、ブログでちょっとできてよかった!むしろリアルでも自慢話させてくださいどなたか。いまカードの支払にドキドキしてるんですが…。

推し活などで好きなものに全力出してる人が羨ましかったので、いまとっても幸せです!

ご注意:しっかりした縫製(バックパックには珍しく、その辺にポンと置いても自立する)のため鞄自体の重量が重いです。サプライズプレゼントにははっきり言って向いてません。行けるなら一緒にお店に行って現物を見ましょう!


過去の買ってよかったものは下記です。noteに飛びます。
2022年「Yogiboの枕」 
2019年「2020年シーズンSUPER FORMULA セルモ/インギングが、チームスタッフシューズとして採用している、アシックス製の安全靴」

20231209_グループ展「ELEMENTS」に参加しました。

11月は、奈良で開催されたグループ展「ELEMENTS」の制作でブログが書けませんでした。
そんなわけで、ELEMENTS展が会期終了しました。
グループ展概要(展示のお知らせ記事)はこちら。

作品の写真は、近日制作実績にもアップしますので、チラ〜っと。
本展のために制作したのは中央の大きい作品です。

展示風景

展示のテーマが「ELEMENTS」と決まっていたので、「エレメントたちが中途半端な状態で物質になりきれなかった状態」に着目して描きました。

作品は、真正面から光が射す、すごくいいところに展示できたなあ〜と思っております。
展示してみて「見る角度によって色が違うね!」「ほんまや!」と。部屋の中で、決まった照明で、じ〜っと前だけを見て作ってたので、気づかなかったです。

エレメントの解釈は、皆さんバラバラで、自分の作品を構成するものやエネルギーをエレメントとしていたり、「火」「水」「土」「空気」のどれかに着目していたりと、みんなバラバラで面白かったです。すべてをぶっ込んで安直に色に当てはめたのはわたしだけのようです。

両親がやってきたのでめちゃくちゃ緊張しました。

1日めの夜にはアーティスト・トークがあって、作品の説明を頑張りました。

アーティスト・トークの様子 写真: 生駒 敦

アーティスト・トークの前に「本当は具象が描きたいんじゃないのか」という指摘があって、ない頭を絞りつつ「わたしが抽象画を描く理由」を考えていました。

「わたしが抽象画を描くのは、わたしは目標(決まった正解やゴール)に向かって、計画的に物事を運ぶのが苦手なこと。また、ロジックや言語で会話することが苦手なこと。それらからこぼれ落ちる思いや考えみたいなものを、偶然性に任せて描いている。ゴールは、絵がもう描くなと言ってくる。それまで、色を重ねている」

話したときよりは多少盛りましたが、こんな感じでストンと落とし込んで、自分でも納得がいきました。正解があるとか、計画することは、大嫌いで、絵を描く時ぐらいしたくないのです。イラストを描くのも、楽しいけど、それがつらかったのかなとも…。

展示のもう一つのテーマでもあったAIやテクノロジーについて、みんなでお話しました。「心配だ」と話していたギャラリーオーナーのユージンさんはじめ、それぞれ意見を出し合いました。クローンや3Dプリンターだったりの別の技術であったり、写真コンペでAI生成の作品が優勝した事例、付き合い方であったり、よくわからないけど造り手にとってはちょっと怖いなという意見が散見しました。

わたしはこのように意見をしました。最後の方で発言したので、色々な意見を踏まえての意見です。

「イラスト描けない人がAIに写真を学習させて似顔絵をパッと作ったり、好みの女性の写真をたくさん学習させて理想の女性を作ったりするのは、便利だしやればいいと思う。作りたい人は、ほっといても作る。テクノロジーは利用するもの。贋作や、クローンは避けられない。だから、アウトプットに対し『どこに価値を置くか』が重要。本物であるのか、作ったひとなのか、体験なのか、バックボーンなのか、プロセスなのか。価値観が分断されていく。『価値』を見抜き、考える頭を養うことが重要なんじゃないか」

AIの時代に入ってきて、もう怖がってもしょうがないと思っています。
逆説的な例で、ステッカー屋のB-SIDE LABELで、「AIに描かせた」ことをコンセプトにしているシリーズの商品を買いました。説明を聞いたときは、そんな!ってなったのですが、考えると、いまはまだAIに描かせたこと自体に価値をつけて面白がれる段階なんだと思うのです。
説明されなければ、なんにも気にしないで買ってたかもしれないけど…。

これからは、アウトプットを作る・見るときに、自分は何に価値を置くのかという「価値観」をしっかり持っとかないとあぶないなあと思っています。

ギャラリーの近くにある古墳

あとで、自分と、他のアーティストの作品をみた親から、「凄い人たちの中におってんな〜」と話してました。奈良を拠点に活躍するすごいアーティストさんの中に、紛れて参加してていいのかな〜という感じでしたが、大きめの作品の発表の機会をもらえてすごく嬉しかったです。

SPACE DEPARTMENTのユージンさん・しげこさん、参加アーティストの皆様、来てくださった皆様、応援の念を送ってくださった皆様、ありがとうございました。

20231204_障害者eスポーツチーム「Racing Fortia」を脱退します。

かねてからお付き合いのあった、ePARAさまのご縁で、所属していた、障害者eスポーツチーム「Racing Fortia」(レーシングフォルティア)を、2023年末をもって脱退することになりました。

そもそも加入や活動をブログやSNSで積極的にお伝えしていたわけではないので、なんのこっちゃという方もおられますので、説明します。

ePARAさまの取り組みで、eスポーツをフックに、障害の有無を越え、リアルのモータースポーツへ興味関心を誘引する「クロスライン」というプロジェクトがあります。
プロジェクトの1stシーズンで、ePARA関係者内で「モータースポーツ有識者チーム」が結成され、このチームを前身として、Racing Fortiaが生まれました。

わたしはリアルモータースポーツのファンですが、レーシングシミュレータ環境は所持しておらず「プレイヤー」ではありません。

チームで何をしていたのかというと、モータースポーツの知識やeスポーツレース大会のルールなどを、初心者向けにイラストで描いて伝える、という仕事をやっていました。くわしくはこちら
誤解を受けているのであえてお伝えしますが、この仕事はあくまで、フリーランスデザイナーとしての活動の一つです。

わたしは、もう一つ、大阪のNPO法人で仕事をしており、この秋に「フリーランスをやめてNPOのバイトに集中する」とX(旧:Twitter)で宣言し、NPOの上司にも伝えています。※わたし自身の今後については、後日、ブログでお伝えします。

すでに週5日入っているNPOと両立しつつ、チームのメンバーとして、今もなお続いているクロスラインのプロジェクトに、責任をもってフルコミットすることが、難しいと感じていました。
他のチームメンバーは一生懸命、大会に出たり、出なくても自分の役割を全うしています。考えればわたしにもできることはあるかもしれません。しかし、この状態で関わると中途半端になる、ということが決め手となりました。

NPOの仕事を本職にし、一本に集中するという選択を踏まえての、チーム脱退の決断です。
ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。

今後も、外から陰ながら、Racing Fortiaを応援します。
eスポーツでも、リアルレースでも、障害を越えて様々な角度から楽しむことができるのがモータースポーツです。その楽しさを広げていけるチームになることを願っています。

20231031_知らんがな

これはわたしの「アイコン詐欺」用に制作した詐欺自画像。どのぐらい詐欺ってるかは、プロフィール写真と見比べてください。

「詐欺自画像ってそんなん知らんがな好きにせぇや…」と思ったあなたは、立派な「知らんがな」の使い手だと思います。この「知らんがな」はとても大事なことなのです。

知らんがな、という言葉を検索すると、「『知らんがな』の心のつくり方 あいまいさを身に付けるレッスン」という本が出てきて、紹介文を読むと、

みなさんは、「知らんがな」という言葉を使ったことがありますか? 誰かが話すのを聞いたことがあるかもしれませんが、実際に自分自身で使っている人は、おそらく関西在住や出身の人ではないでしょうか。イントネーションによって使い方は変わるものの、基本的には、「大丈夫だよ」「ま、いっか」に近いニュアンスがあります。関西弁ならではのちょっとした笑いのニュアンスもあります。極めつけは、どんなものごとも「知らんがな」で話をまとめると、「いろいろあっても、最終的にはすべてオールOK、大丈夫やで」という感じで、すべてが「知らんがな」で済んでしまいます。

「知らんがな」の心のつくり方 あいまいさを身に付けるレッスン 紹介文より引用

言葉の意のままに「(私には)関係ない、知らない」という文脈で使っているのはわたしだけではないはず。なんと知らんがなとは奥の深い言葉だと思いました。本当に曖昧です。

というのも、先日とんでもない「知らんがな」案件に出会いました。

大変な精神状態で電話をしてきた相手は、なんとなく、吐きたいけどうまく吐き出せないといった印象で、ふんふんと聞いていたのですが、そこに、このブログには書けないプライベートな内容の愚痴をぶっこんできたのです。

「話す相手間違ってなくね?」がファーストインプレッションで、その次に知らんがなの使い手は、「知らんがな!」とぶった斬ればいいのです。

ざんねんながら、わたしはそのときぶった斬る発想がなく言葉のまま飲み込んでしまいました。
「うへぇ!!!土足でプライベートに踏み込みたくない!」となりながら言葉を絞り「わたしは共感も課題解決に導くこともできない」とお伝えしこの話題は終わりました。

ただ、そういう愚痴をぶっこまれたおかげで、わたしの方が精神的に苦しくなり、次の日バイトに行けなくなりそうになるわ、誰かに吐かずにはいられなくなるわ。バイト先で牛歩のスピード感で仕事をしつつ、「話を聞いて!助けて!」とDMを送ったりしつつしていると、天からある言葉が降ってきました。

「知・ら・ん・が・な」

そうや、もう、そんな他人のプライベート、知らんがな!
なんで他人様のことでしんどくならなあかんのや!つーか自分らで勝手にしなはれ!
知らんがなを、何度も唱えることによって、これがすとーんと落ちて、わたしの精神はだいぶ落ち着きました。

わたしは耳の情報処理が苦手な特性上、一字一句相手の言葉を聞こうとしてしまいます。それが相手にとっては寄り添いになっているのかもしれません。先程紹介した書籍ではポジティブな文脈で使われていましたが、わたしはそんなん(本当に)知らん!!!と、自分には関係ないものとして切り捨てることが時には大事なのです。

なぜなら、自分自身を、また、適切な距離感を守ることができます。
それはわたしはかかわらない、あなたの領分のことです。と。
「いろいろあっても、最終的にはすべてオールOK、大丈夫やで」という意でも、境界線を守れます。また、文章なりなんなりで伝える人にとっては「関係ない人の視点」を持つこともできます。

特に関西以外の人にとっては、切り捨てられたように聞こえるかもしれませんが、知らんがなという言葉の感覚はとても大切!と実感を持って体験しました。

例の書籍読んでみようかなあ。そしてわたしも「知らんがな」の使い手になるで〜!

20231021_自分を大きく見せる必要はないし、小さく見せる必要もない

いつぞやの夜アイス屋

バイト先に紹介して、お仕事をお願いしたクリエイターさんと一緒にご飯食べました。
いつの間にか、わたしの悩み相談みたいになってしまったんですが、その方にクリエイターとして見てもらえてることがうれしく思いました。

そのときに「自分を大きく見せることに必死だったな」ということに気づいたのです。

会社員になる前、会社ではやったこともないことをできますとハッタリをかましたり、個人的に自分でビジネスをしていたりフリーランスの方と付き合うようになって、口では「大したものでは…」と言っていますが肩を並べようとか追いつこうと必死だったのです。とくに、フリーランスで活動を始めたときは無理にできないことをやったり、toBのイベントに出たりしてたし。

いまは、会社(Webの仕事)も辞めたし、頑張って付き合っていた方々と疎遠になり(これは貧乏とFacebookを辞めたことが理由だと思いますが)かわりに障害や病気を抱えながらも、自分らしく生きようとするサバイバーと出会えたりして、楽になりました。

フリーランスの活動をお休みする、ということを書きましたが、もう「自分の働き方」として選ぶつもりはありません。バイト先で上司と面談したときに「もう複業はしないでバイト先1本で働きたい」「社員を目指して頑張りたい」と話しました。

発達障害のわたしが組織で働く、という働き方を選ぶのもそれはそれで大変な選択です。社員になれるかどうかはさっぱりわかりません。それでも少なくとも週5日バイトでは働き続けられるという3年間の手応えがあってのことです。(環境に恵まれているという要因も大きいです)

社員になれなかったときは、とか、次は、とかも考えるんですが、「障害者雇用のほうがいいのかな…」「だったら次は(年齢もあるし)清掃の仕事とかだろうな…」となってました。でもそう決めつける必要もないのです。専門の制作会社とかはさすがに無理でも、どっかでお役にたてそうなポジションがあれば、障害を(一応)開示してチャレンジすればいいのです。今のバイト先もそうして見つけました。40歳にもなれば求人は減りますが、それでいいのです。

障害者だから無理とか、〇〇だとか、小さく見せる必要もない。

わたしは心身が弱いことも、コミュニケーションがうまくいかないことも、生きるのが苦しくて病んでしまうことも、障害のせいにし過ぎなところがあります。そこに甘えることで、楽をしようとしているのかもしれません。

その一方で、障害者であることが受け入れられていない自分がいます。
たとえば、わたしが描いた絵を「障害当事者が描いた作品」として扱われることに違和感を覚えます。それは真実であって、何がおかしいと聞かれればうまく言えませんが。

なぜこんな違和感をおぼえるのかというと、わたしの生きるテーマは「障害に抗うこと」だったのです。

親からは自閉症を心配され、発達障害の概念がなく小学校からレッテルだけを貼られ、大人になって発達障害が判明しても「障害者と言わせないんだ」ということが生きるモチベーションでした。いまはそこが中途半端になっていて、心は受け入れられていないのに変に大きい声で「発達障害です」と言い続けることがかえって苦しくなってしまい、そろそろそういう生き方はやめようというか整理しようと思いました。

障害者であることはかわりないので、受け入れて、身の程を知って生きていきたい。

ので、「障害者であること」について「過去と現状に向き合うために、伴走してくれるカウンセラーさんを探しているところです。

20231015_グループ展「ELEMENTS」に参加します

お久しぶりのブログはお知らせとなります!

12月にグループ展「ELEMENTS」に参加させていただきます。

グループ展のチラシ

展覧会概要

ギリシャ哲学では、宇宙は4つの要素で構成されていると提唱されました:「火」「水」「土」「空気」です。科学はこれらをさらに原子や化学物質に分類しましたが、これらの構成要素の本質は、私たちを自然に還らせるものであるため、根源的で詩的なものであることには変わりありません。
環境も人間も同じ物質でできていることを思い出させてくれるのです。デジタル世界や人工知能(AI)産業が発展するにつれ、私たちはこの地球との根源的で詩的なつながりを失ってしまうのではないかという懸念があります。

「ELEMENTS」チラシより引用

宇宙を構成する「4つの要素」をテーマに、10人のアーティストが表現します。

2023年12月2日(土)・3日(日) 10時〜17時
SPACE DEPARTMENT (奈良県奈良市平松1丁目27-12)
※近鉄橿原線 尼ヶ辻駅より 徒歩10分

ドネーション制

会期中にアーティストトークイベントがあります!
12月2日(土) 17時〜19時

参加アーティスト(敬称略)※チラシより引用

  • Eugene Soler (建築家)
  • 生駒 敦(華道家)
  • 岡本 奈香子(アーティスト)
  • Naoki Takamura (フォトグラファー)
  • IWACO(想創作家)
  • たかはしなつき(彫刻家)
  • ピオニールかまぼこ(芸術家)
  • はるきんぼうや(イラストレーター)
  • マシュー ファーソン(アーティスト)
  • 坂上 綾(イラストレーター/画家)

わたしの出展内容について

わたしは本展のために1枚抽象画を制作します!間に合うんかな…。

約10年前に書いた宇宙っぽい絵があるのでこれを潰して描きます。構想はあるので計画して描きたいと思いながら、そうすると計画に時間を使ってしまうので、多分描いているイメージが出来上がるまでマイペースに描くでしょう…。

展示スペースに余裕があれば以前描いた絵も展示できるかもしれません。

10年前に描いた絵

表現者として本格的に活動されている方々の中に、モグリが一人入る感じで、たぶん地味〜な感じになりますが、がんばります〜!

いま、制作環境を整えてるところ…。

チラシもらったげてください

SPACE DEPARTMENTのユージンさんからチラシをいっぱい頂きました!
おいてくれる・1枚でももらってくれる方を探しています。
お友達には強制的に送っちゃおかな…。
面識ある方はSNSなどへ、お初の方はContactフォームよりお問い合わせくださいませ〜!

20230925_医療保険に入りました

最近、フリー素材画像使いまくりですね笑。

自身の健康状態が決して良くない状況で、親の命令で「医療保険に入りなさい」と言われ、ほ○んの窓口(以下、窓口)に行ってきました。

「発達障害(障害者手帳を持っている)は保険に入れないことがある」と聞いていたので、正直入れるの?と不安でした。Webで調べて作戦を考えて、チャレンジの結果、入れたと連絡をもらいました。

なお、あくまでイチ個人の経験ですので、参考にされたい方は自己責任でお願いいたします。

DAY1 見積もりを立てる

まずは「精神の障害者手帳を持っているが検討できるのか」ということを尋ねました。
そこは保険会社による、ということなので、先にプランニングをし見積もりを立ててもらうことに。

手帳を持っていると話した時点で緩和型医療保険(持病があっても入れる)の資料が出てきます。一般の保険に比べて高いですが、自身の健康状態もよくないのでそこは我慢(スルー)しました。
プランは、保障の手厚さよりも、わたしの場合は支払い続けられることを優先したので、最低限のシンプルプランを提案してもらいました。最近の保険は一生涯掛け捨てなんだそうです。
毎月の支払いは、イメージですが、本体の割賦支払いのない携帯をもう一個持つぐらいの金額になります。

何社か見た結果下記に絞りました。

  • バックに国内大手保険会社がついている、国内A社
  • 大手外資系B社

その場で「障害を持っているが、そもそも検討していいか」を聞いてもらったところ、A社は手帳のことを必ず申告してください、に対し、B社は詳細を聞いて個別判断になるとのこと。外資系は細かいことを聞かれる傾向にあるとのことです。(別の外資系に聞いてもらったときも同じ対応でした)

DAY2 作戦を立てる

次回会う日までにどちらにするか決めてね。ということでA社とB社のパンフレットを持ちかえり検討することにしました。

どちらの保険会社にするか、は、見積金額は大差なかったのですが、資料が肉厚で保険の内容を理解するベースとなった、B社にチャレンジすることにしました。A社の資料は最低限のことしか書いておらず(もっと詳しいやつがあるかもしれないが)、対応もややざっくりだったのでどうかな〜と。

そもそも入れるかについては、色々ネットで調べた結果、下記の作戦?を立てることにしました。

  • お薬手帳、ちょっと遡って持参
  • 主治医に病名を改めて確認
  • 保険料が上がるかもしれないので上限を決める
  • いつ診断を受けたかを明確化する(しかしこれ忘れてました)
  • どちらもダメなら、最終的には誰でも入れる保険を提案してもらう

障害や健康については何を聞かれても大丈夫な状態にしておくのが吉かなと思いました。

DAY3 申し込みチャレンジ

作戦を付箋に貼って再度窓口へ。
B社にチャレンジすると伝えると、担当の方が障害に関して改めて確認をしてくださっていて以下の対応だったがどうするかと聞かれました。

  • A社:障害者手帳のことを必ず申告してほしい
  • B社:質問が来ている
    • 病名
    • 障害の症状が発症した時期
    • 障害が確定した時期
    • 障害者手帳の種類・等級
    • 職場の雇用形態と勤続年数

確度はA社のほうが高そうという話になりましたが、ダメならダメでネタになるしと思いB社チャレンジを続けました。

B社の質問にはこう答えました。

  • 病名:自閉症スペクトラム(ASD)
  • 障害が発症した時期:先天(子どもの時からある)
  • 障害が確定した時期:2008年(思い出した)に診断・薬の治療を開始、2017年手帳取得
  • 障害者手帳の種類・等級:精神保健福祉手帳、3級
  • 職場の雇用形態と勤続年数:バイト、3年

正直、勤続年数を聞かれたのは焦りましたし、ダメかも、と思いました。発達障害はジョブホッパーになりやすいですし、支払い能力について聞かれているのかと思いますが、3年はちょっと短いかな…と思ったのです。

保険料が上がるかもしれない問題は、死亡保険は可能性があるが、医療保険は基本ないそうです。

その場で、プロフィールをパソコンで入力して、審査を依頼。審査に通ったら保険証書がとどくからまた持ってきてね、ということで、サランラップをもらって帰りました。

DAY4 無事審査通過

申し込みから数日後に窓口から電話がかかってきました。
「入れたということですね?」「そうです!」とお墨付きを頂きました。

案外簡単に入れた…とちょっとホッとするとともに、もう一個携帯持つ感じになるのでわたしにとっては経済的な負担は小さくないし、早速今月から支払いが始まるようなのでバイトもっと頑張ります…。(むしろ今のバイトを3年頑張ったから入れたのかもしれません〜。)

母曰く「テレビCMで簡単に入れるように言うてるのにね」とのことで、いや、それは健常者で健康な人だけやと思いましたが、たしかになぜ保険のことでこんな騒がなあかんのやとなります。

Webで調べたら、発達障害・精神障害でも入れる保険会社も存在するので、最初はそこにしようかと思いました。しかし商品選びを自分でしなければならず迷ってしまい断念。A社もB社もダメなら再検討しようと思っていました。

保険に入るのが初めてだったので、窓口とか代理店に保険商品についてちゃんと解説してもらえるのはありがたいなあと思いました。

請求が難しいかどうかについては置いとくというか考えないようにしてます……一応B社のパンフレットに事細かに書いてあったのでちょっとイメージできたのでよかったです。

20230918_NPOにやってきてまる3年

先週、大阪のNPOに、アルバイトで入職してまる3年を迎えました。

これは、入職から約1ヶ月後、当時のマネージャーと、産休に入る先輩スタッフと行った豪華ランチ。とっても懐かしい。

最初は週3日だったのが、いろいろ無理を聞いてもらい、いまは週5日1日6時間で働いてます。

発達障害のわたしがNPOで3年働いたぜ、と、ドヤ顔で言うつもりはありません。たまたまです。団体で働くしくみや周りのスタッフに恵まれて、なんとかなっているのです。たぶんわたしを好く思っていないスタッフはいると思います。それは、ふつうに、仕方のないことなのです。

すこし具体的なことを書きます。
コンプライアンスというよりかは身バレが問題になるかもしれません。特定できても、この記事は単なるバイトが働いた感想、と思って読んでほしいです。


団体との出会いはハローワークの求人で、お役に立てそうなポジションであったことから持ち帰り、団体のHPをみて驚いたことが門をたたいたきっかけでした。

それは、簡単に言うと、企業に就職しても出産を機に仕事を辞めてしまう女性が多いこと。
子育てを取り巻く問題の中でも大きな課題は「子どもが病気をしたら預け先がなく、休まなければならない」こと。周りの目が厳しくなり、有休がなくなり、椅子がなくなり、やがてクビになってしまう、なんてこともザラにある現実。

どうして、子どもを育てているだけでも世の中に貢献しているのに、企業で働き、まず稼ぎ、そしてやりたいことやキャリア形成、自己実現をしようとしているようなひとが、こんなやりきれない思いを抱えないといけないのか、という疑問が湧きました。わたしにとって、こんなめっちゃ凄いひとたちなのに。

障害者とは異なる、生きづらさ。

子どもが好きで保育業界で仕事がしたいというよりは、この生きづらさをなんとかしたいという思いがあったのです。ですので、当事者でないことは、マイナスに働かないかと。面接で最初にした質問は「独身で子どももいませんが大丈夫ですか」でした。

このとき、障害を明らかにして面接を受けました。(障害者雇用ではありません)
配慮をお願いするというより、後でトラブルになりバラすことになるとややこしいと思い、「頑張りますが、慣れるのには時間がかかります」とめちゃめちゃフィーチャーした気がします。

晴れて採用が決まり、産休を控えた先輩スタッフの引き継ぎを受けるのに必死で、組織がどう回っているか、周りのことがわかるまで相当時間がかかりました。どうしてこの団体のスタッフは老若男女問わず優秀な者ばかりなのだ、という焦りを覚えます。それはいまも感じていて、はやく追いつきたいと願っています。

入職からちょっと経ちざっくりした目標をたてました。
「3年で、中途半端な自分を脱出する」
「次に進むときのために、勤続年数を伸ばす、まず3年働く」

目標をたてたのは、あと3年で40歳になるというのに、フリーランスとの兼業で働くつもりがうまく行っておらず、というよりも何の強みもない自分が辛くて、30代のうちになんとかしたいという思いからです。


ハイ、3年経ちました〜!

体調崩して休んでしまうというそもそもの部分で迷惑をかけたり、社員を目指すのは難しいと言われたり(そらそうだ)、Webへの苦手意識に対してトップから指摘が入って背筋が凍ったりしました。

それでも自分の持っている力が徐々に認められるようになり、広報物やバナーのデザインやWeb広告、メルマガの実装(やったこともないことを強引にやるのはけっこう得意技です)をやっています。ガチの人と比べると全然まだまだなんですが、団体が求めるクオリティには、と、頑張ってやっております。図解の才能をどっかで活かそうということで、グラレコもやらせてもらいました。

得意なことばかりやってるわけではなく、苦手なこと(電話かけとか)をやって消耗したりもするのですが「得意なことと苦手なことのバランスを取っていこう」とありがたいお言葉をいただいております。

コミットメントのところはまだまだで、わたしはどうしても当事者ではないし保育業界にいたこともないしのマイナスからのスタートでしたが、まだまだわたしが捉えることができる「事業に対する解像度」は低く、未だに薄っぺらい意見しか言えてないです。

その辺では、団体とは関係ないですが良い出会いも。ライブ配信で、同年代の「ワーママのライバー」に出会いました。なぜか配信に頻繁にお子さんが登場するちょっとバタバタした感じが、わたしの中での、子どものいる暮らしのイメージが、大きく膨らみました。ライバーさん、お子さんも含めて大好きです。あとは、子どもの病気をテーマに語るパパの飲み会に潜入したり、NPO広報の勉強会合宿にも参加したり、隠密活動もしています笑


では、ひとしきり3年経った今を語ったところで、次の目標をたてます。
目標はすべて達成できたかはわかりませんが、ひとまず、3年働いたので。

「文章が書けるようになる」
「宙ぶらりんにならず、団体にコミットメントする」

下のはなんとなく想像できそうですが「文章が書けるようになる」、これ謎ですね。
入職して発覚したのが「文章が書けない」ことで、これは引き継ごうとした先輩スタッフを最後まで悩ませ、未だブログやメルマガを書かせてもらえません…。

「言語化する」ことを大切にしている団体なので、これができないのは実はよろしくないのです。今は視覚表現でのアプローチを試みていますが、その試みは辞めずに、自分の意見や団体のメッセージをみずからの手で言語化したいという気持ちが密かにわいています。最近メルマガのドラフトを書いたりメッセージ配信の修正も減っているのでのびしろがありそうです。

それができれば団体の「事業に対する解像度」も上がる気がするんです。

社会人としての素養(議事録取りや見通しを立ててスケジュールたてやタスクを割り振るなど)も上げたいです。ただ言われたことしかできないのはなおさないとな。障害特性が邪魔をしている部分もあるので、そこは整理をして、自身での対策や、団体への配慮のお願い(お願いベース)を再考しているところです。できれば、長く働きたいので。


写真の豪華ランチを奢ってくださった、入職時のマネージャーが「茶鏡さんの、最後までやりきるところ、信頼してる」と言ってくださったのずっと覚えています。ちょっとひねるとわたしのいいところは粘りなのです。そういうところは大事にしていきたいなあと思いながら、明日からも頑張ります。

またバイトの話をするかもしれません。お付き合いくださいませ。

20230916_都会(まち)のばあちゃん

阪神タイガースの「アレ」が決まった日の夜にふと、「都会のばあちゃん」(実際はそういう呼び方をしていないけど、ここでは、実家で両親と同居している父方の祖母のことではないことを明確にしておく)のことを想いました。

まだ元気だった頃、ソファに座ってテレビを見ていて、阪神がテレビに映るやいなや「阪神キライやわあ〜」とdisりはじめる光景をなぜか鮮明に覚えています。その頃わたしは野球を観ていなかったのであっそうぐらいにしか思わなかったけれど、そのぐらいのG党だったのです。

ばあちゃん宅の、阪神をdisっていたリビングのイメージ

9月の快晴の日、有休を取って、生駒からすこし離れた施設にいる、ばあちゃんに会いに行きました。

病院と併設されている施設で、薄暗い病院から施設ゾーンに入ると、折り紙で作られたお花畑が、有名なキャラたちと一緒に壁一面に貼られていてて、保育所を思い出し、年を取ると子どもに戻っていくんだな…と再認識します。

ばあちゃんは顔も頭もすっかり真っ白だったけれど、母が頭と身体をやさしく撫でながら「あやちゃん来たよ〜」と言うと、わかっているのかわかっていないのか表情を少し変えました。

たった15分の面会。
母は「涼しくなったらお散歩ができると良いね」と話したり、スマホで撮った犬の写真を見せたりしつつ、だんだんグズグズと涙声になりながら「一人でさびしいね」「元気になろうね」と何回も何回も自身の母親に語りかけ、別れ際に「また来るからね、なにか言いたいことはない?」と訊くと、

「いつ来るの?」

と、ばあちゃんはそのとき持っている全身の力を振り絞って訊き返したのです。
そこに、残り僅かなはずの、生きる力が見えました。

わたしはというと、見えているはずがないのに手を大きくふってみたり、手をそっと握っていたり、念で思い出してくれないかなという行動を取っていました。目の前で泣くのはイヤでした。

とはいえ、ばあちゃんと別れ、もう会えるチャンスはないかもと、帰りの車でむせび泣きました。
その日は調子が良かったとのこと。聞けば少し前に母が妹と訪れたときは、もう逝くんじゃないかというぐらいの状態だったようで、妹はかなりへこんでいたと。
不安定な状態、ということは、

「いつどうなるか分からへんな」

と、父母わたし3人は話して生駒へ戻りました。

わたしがいつまでも自立できないとても不甲斐ない孫なので、こちらが年を取るごとに見る目が厳しくなっていき、晩年は会うのを避けてました。残念ながら、ひ孫の顔は見せられず、立派な孫にはなれませんでした。なにか返したりは…孫のわたしができることってあるんだろうかとふと今になってから考えても、もう遅いし。孫なんてだいたいがそんなものなのかな…。

80代入るぐらいまで難波の高島屋によく連れて行ってもらったり、2012年の個展のときはわざわざ枚方まで来てくれたしで、癇癪を起こしても妙な行動や言動をとっても決して怒ったりしなかった。ハイカラで、やさしい、天然屋さんのばあちゃん。言い方が他人行儀だけど、お世話になりっぱなしで。

自分の家が田舎だったので、わたしにとっては大好きな「都会のばあちゃん」なのです。生駒市内に住んでいたけれど。

生きているうちにもう一回会いたいな。ってわがままかな…。

20230911_未来市ありがとうございました

未来市 vol.2が終わりました。まずは、来ていただいた方、気にかけていただいた方、ありがとうございました。会場では写真を撮る時間ががなく、設営直後の写真だけ撮れてました。

なんと親に車で連れて行ってもらった高槻。車だとあっちゅうま〜!(帰りは、ころころ引いて、電車で帰りました)

事前にSNS投稿などで撮っていた、未来市のために制作したものたちは、ポートフォリオにまとめました!

2時間だけの出店だったのが、終日出店になり、当日も箱を貸してくださったり風が吹いたりお客様の動きを見て、店のレイアウトは作戦を何度も変更したのでした。

バッジは、子どもたちによろこんでもらいたいとの思いで作り、手にとってくれたこどもたちももちろんいましたが、どちらかというと、大人の方が引きが強かった印象でした。やっぱり、前のお店の子どもたちみたいに直球な感じをもっと出せばよかったかもしれません。と言っても、子どもと同じ作戦・価格帯でやってたわけです。マーケティング力というより、パワーがちがう、もっと精進します笑

ありがたいことに忙しくさせていただき、隙があまりない。あまりなかった隙を見ておやつを買ったり、ステージで大道芸少年やキレキレダンスが見れました〜。

会いたいお知り合いの顔が見られたり、なんと2019年の個展に来たけど会えなかったという方も登場しました。その方とはもっと話したかった〜。接客もあまり余裕がなかったのでもっと丁寧にできたらなあとそのあたりは反省ばかりです。やさしいお客様でありがたや。

未来市の出店が決まったときに、いろいろ試作をしているところをインスタにあげてたら、オファーしてくださったソラトイロの店主・あゆみさんから「つくってるところたのしそう」ととのお言葉をいただきました。お言葉のとおり、ずっと楽しく作らせていただきました。(途中でへばりましたが)

「 楽しい は 未来へ続く 」という未来市のキャッチフレーズのとおり、今回の「CHAKA FACTORY」の試みは、また未来に続きそうな感じです。今年ナンダカンダといっぱいやってる新しい試みも未来へ続いたらいいなあ。もちろん、自分で切り開いて続けていくのも大事なことですが。

あ、もう一つ大事なことを言い忘れていました。売上は目標(出店料の1300円)を大きく上回りました〜!うれしい〜!そして目玉シリーズのバッジたちは通販を考えていますので決まりましたらお伝えしますね。

感謝と幸せでいっぱいの未来市は天候にも恵まれて、盛況のうち、終了!
そしておしりと足はバッキバキになりました。

20230904_「未来市」に出店します

ブログにも小出しにしている、9月10日、高槻市で開催の「未来市」にちょこっと出店します。
2023.9.5 更新 内容に変更があります!

イベントについて

イベントの名前:未来市
日時:2023年9月10日(日) 11時〜16時
場所:安満遺跡公園横高架下スペース(大阪府高槻市八丁畷町218-2)
阪急高槻市駅より徒歩約10分、JR高槻駅より徒歩約16分

ワークショップやマルシェ、なんと子どもたちも出店!たのしいがいっぱいのイベントです。
とくに子どもたちのお店がたのしい!にあふれていててすんごい良いんです。
おとなも負けてられません。
くわしくは、
未来市公式Instagram

14時からの2時間ショップじゃなくなりました!

出店について

★内容に変更があります!

お店の名前:CHAKA FACTORY(ちゃかファクトリー)
出店時間:11時から16時まで
場所:古墳側、清水っ粉さんの左隣ぐらい、アトリエミルさんの前あたり

上記の場所で、イベント終日、お店を開店させていただきます。
駐車場スペースの縦半分なので、手狭になりますが、仲良く商品をご覧ください。
シートしいてるので靴を脱いでお上がりください。

14時から2時間ではなくなりました。
よほど暇じゃない限り、会場内を売り歩きません。

他のお店と比べて、ショボ〜イと思うので目立たないかもしれませんが、「100円ショップやってます!」と積極的にお声掛け(叫ぶ)するつもりですので、よろしければ寄って行って下さい!

商品について

手作りのプラバンバッジを中心にアクセサリーなどを、すべて1つ100円で販売します。
バッジが中心ですので、アクセサリーやストラップはレア商品となります。
プラバンにアクリル絵の具で描いた絵を焼いており、大きさやクオリティに差があります。どのようにして作られているかは、現地で配布しているチラシに簡単に記載しております。

最初に予定していた似顔絵は実施しません。現地では描けませんが、個人的にご相談ください。

売れ残りはこのサイトのブログ上で通販を考えていますが、1つ100円では販売しません。
100円は未来市特別価格です。

どうぞ、CHAKA FACTORYをよろしくお願い致します。

商品の一例です!

チラシ

商品を買ってくださった方、お店に来てくださった方、会場内でわたしと出会った方に、チラシをおくばりします。会場内配布のルールがわかりませんが、撒いて良いなら積極的に撒くかもしれません。
未来市のために作ったチラシと、ポートフォリオチラシをお渡しします。チラシだけでももっていってね〜!

制作試行錯誤

抽象画を使って、子どもによろこんでもらえそうなものを考えた結果、バッジに行き着きました。最初は缶バッジを予定していましたが、プラバンのほうが楽しくなり、目玉シリーズなどが誕生しました。全部100円は最初に決めたことで、子どもたちにも買ってもらえないかと願いを込めて。

プラバンの裏に描いた絵。あまり盛ると割れるのであっさり。
焼いて、乾燥中
試作をし、初めて撮った写真。この中には商品にならなかったものもあります。

20230826_2022年の茶鏡からの手紙

推しが卒業してしまう。今日明日が最後の鈴鹿なのに、さまざまな事情で見に行けないことに悔しさをおぼえていたら、2022年のわたしから手紙が届きました。

封筒の裏には「本人(2022年の茶鏡より)」と書かれていました。

昨年開催された「未来市」(今年は2回めで、昨年は記念すべき1回目だったのです)に設置されていた「未来ゆうびん局」で、「1年後の自分」に宛てて書いた手紙です。

宛名から文字がヘロヘロで喝を入れたくなるのですが、何を書いたか皆目覚えていないのでやや恐る恐る開けてみると、30代最後の年を過ごすわたしへの問いかけがいくつか書かれていました。

書き出しから「2023年もわたしは茶鏡さんなんでしょうか」はどういう意図なんでしょうか。
今年も引き続き茶鏡さん(または、略してちゃかさん)をやっています。

ちゃかさんと呼ばない人は、バイト先のスタッフと家族親戚ぐらいはないでしょうか。たまに本名で呼ばれると照れます。茶鏡さんは自分でふざけてつけたニックネームですが、10年以上長く愛される?ニックネームなので、必要な場ではどんどん名乗ります。「茶鏡」と検索するとSNSは出るのですが、ウチのサイトまだ出ない…と思ったらブログ記事が出てました。もうちょいやな。

ということで、まだまだ茶鏡さんをやっていきます。

次の問いは「なんか、自分は変われていますか?新しいことを始めれていますか?」とあるのですが、たぶん、良くも悪くも変わっていないと思います。その代わりと言ってはなんですが、新しい試みはけっこうやっています。イラストレーターに活動方針をふってみたり、グラレコのような図解を生かしたサービスを考えたり、その他eスポーツの仕事やバイトでも試みをしています。いまは抽象画にもどり?、未来市で販売するグッズを試行錯誤して作っています。未来市が終わったら、また新たな試みをする予定です。

なので、新しいことは来年以降もどんどんやっていきたいです。

これらの問いの下に「もちろんできてなくてもいいんですよ」と書いてあって、なんたらかんたらと問いかけをごまかすような文が続き、当時のわたしは1年後の自分に甘いのか、絶望していることを想定して慰めてるのか、よくわからず、モヤッとしました。2023年を結果的に良くするために2022年も頑張ってたようです。

最後に「誰かに良い影響を与えられる人になってますように」としめくくられています。
いい影響、与えられているんですかね。相変わらず発信は下手です。X(元Twitter)ではすぐにネガティブなことを投稿して慌てて消します。わたしは(ほぼ)絵を描くことしかできないから、作品を通じて、明瞭なコミュニケーションがうまれたり、心で何かを見出してもらえたら、それでいいな〜とおもっています。

最近、みょうな夢のせいで朝の電車でひどく精神が不安定になり、バイト先近くのマクドに2時間引きこもるということがありました。今日も、バイト先のワークショップでいきなり発表を振られ、中身がスッカスカなことしか言えなくて悔しい思いをしたので、わたしって仕事に対して薄っぺらいし当事者意識ないよなあとこころのなかでむせび泣いてました。まだまだ修行が足りてません。

なんか、いい影響と言うか、前回書いた「たのしい」が、たくさん伝わる人間になればよいのですけどね〜。残念ながら自分を偽ってキャラを作れるほど器用じゃないんですけどね〜。

さて、わたしは今年30代最後なので、来年がきたら、40歳になります。
言っても誰も信じてくれないのはペラッペラだからでしょうか。四柱推命の先生によると40歳から伸びるらしいので期待です。しかし、ガチで心身の健康がかなりまずいことになっています。

来年のわたしには、手紙を出す前に「いのちだいじに!」と未来の魂に向かって叫びます!

20230820_もう描けない絵は無理やり描かない

一週空きましたが、相変わらずお役立ち情報など何もないブログを再開しますよ〜!

お盆にビアガーデンに行ってきたんですが、2次会で、久々に描いた抽象画を見てくれた人が「茶鏡さんの抽象画きれいだね」と言ってくれて、うんうん、とうなずきつつ「もう描けない絵は無理やり描かない」とスルッと言葉が出てきました。

ああやっぱり無理やり描いてたんだなって。

そして、抽象画をみてくれたソラトイロさんから、高槻のマルシェ「未来市」にちょっとだけ店を出してみない?と声をかけていただきました。

2時間だけのお店を出します!

未来市参加したかったので、ワクワクです。こどもがいっぱいあつまる催しなので、自分の抽象画を素材に、どんなのが作れるだろう、と試作を開始しています。缶バッチを作ったり、プラバンに描いて焼いてみたり。

19日土曜にソラトイロさんへ訪れて、試作を見てもらいました。あーだーこーだしているインスタ投稿を見てくださってて「すっごくたのしそうだからいいね!」とのお言葉を。やっぱりたのしいって伝わるもんなんだな。試作つくるのめちゃたのしいもん。活動の中心をイラストにふってた時は「しんどそうだった」とのことで、やっぱり無理やり描いてたらそらしんどくなるわなあとなったのです。

アイスがダダダっと流れているパフェの後ろに、小学生が描いた絵があります。絵描き少年そら君の展示が毎回楽しみで、今年でもう最後になるかもしれないとのことでして、ソラトイロさん来訪の目的がこれでした。

そら君はSTAR WARS仲間です。なんやのときに似顔絵やのにダース・ベイダーを描いてと注文されたり、昨年の未来市で買った彼のスペイシーうちわにSTAR WARSのキャラを描いて渡したり、思い出があるのです。今回は、スペイシー系は少なかったのですが、レジスタンスと帝国との攻防を思わせるスペースオペラな絵があったので、きっと彼の心にはまだフォースとともにあると信じています。夏休みをフルに使っての制作は、いろんな試行錯誤があったそうですが、やっぱりたのしく作ってるし、作りたいという純粋な心が伝わるのでいいな〜と思うのです。

わたしは目標を決めたり正解やゴール(=依頼者が求めること)があることが苦手で、イラストレーションを描くのはきついな〜と感じていて、心の向くままに描けるのが抽象画なのです。

どちらかというとわたしは芸術家なので、自分の作品は自分ひとりで作り上げたいという気持ちが強いです。制作したある作品に対し「この部分のイラスト、誰かにお願いすることはできないの?」と言われてめちゃくちゃ腹が立ったことがあります。ものづくりに対する考え方の違いなので怒ってもしょうがないと思いつつ「誰がリードするの?」と言い返しました。デザインと思って作ればまた話も違ってくるのですが。そのあたり、線引き難しいです。

もちろんなにを描く・作るにしても作りたい欲求はあるのですが、たぶん、他者の目や評価を気にしてしまうと、しんどい、もしかしたら描けなくなるのかもしれません。

だからこれからは、無理やりではなく、たのしく描きたい。

20230806_財布を買った

8月4日、推しの引退会見が13時から開始とのことで、オフィスにいるけど隣に誰もいないから仕事中にこっそり音声だけ聞こうと企んでいたら、ひっくり返るほど忙しくなってしまい聞けず。(夜、アーカイブを映像で見ました)

疲れ果てて、帰りにイオンへ赴き、大好きなガラガラのスタバでフラペチーノを食べ、マクドでこれまた大好きなナゲットを食べました。健康診断9月末に控えてるのにしらーん!イエーイ!

さて、8月4日は、財布や宝くじを買うのにとっても縁起のいい日らしいです。2023年に3回しか訪れない最強開運日と…!

そういう日だったからか、ライブ配信で財布欲しいよねって話になり、わたしもほしい…てなってました。今の財布は、かれこれ10年ぐらい使っている、買ったときから味のある黒革の財布です。ちょっとハゲたりボロボロになったりしてました。愛着はあるけれど、そろそろ…みたいなことをなんとなく考えていたのです。

ただその時は「年明け、誕生日を迎えたら(年齢が)大台に乗るので記念に買う」と未来の予定にしていました。

ところがどっこい、縁起の良い日の次の日8月5日、財布を買いました。

壱岐島のカバン工房の「IKISHIMA FACTORY」さんのポップアップショップが、地元の百貨店にやってきて、そのことは8月3日ぐらいに把握していました。

なぜIKISHIMA FACTORYさんを知っているのかと言うと、母がファンだからです。普段電車に乗らないくせに、インスタで見るや阪神百貨店まで飛んでいくぐらいです。

地元百貨店で買い物をしていたら、ポップアップショップが母に見つかってしまったのです。小さな革のカバンがおいてある棚にに吸い寄せられ、いろいろ悩みはじめました。(オカン、そんな25000円もする高いカバンほいほい?買うなよ!)と心のなかで呟きつつ、「食料品売場1周回って考えよう!」などクールダウンの機会を提案しましたが、結局1周回って戻りました。

ところが、母がカバンの色で悩んでいる横で、わたしは財布の棚を見ていて、手に取りました。柔らかい革がスッと手に馴染んで、色もほぼ一択でス〜ッと決め、ス〜〜ッと店員さんにクレジットカードを渡していました。

5000円でもビビり散らかすわたしのくせに、1日たりとも寝かさずにス〜〜〜ッと、革の長財布を買って、ビックリ。何回払いにしよう…っていうか、なんで財布を買ったらええ日の次の日に買うんや!!!!アホちゃうか!!!!(アホポイントは、そこなのだろうか…)

でもって、カバンの色をやっと決めた母に「財布買っちゃったよ〜」と報告すると「転機やね」と言われ、あの夢のことが頭によぎりました。本当に転機なんだろうかと思って調べたら、これからあなたの運気の流れが変わりますよということらしい、こわい。

実家で開封の儀を済ませ、中を早速入れ替えました。さすが長財布、どこになにがあるのかわかりやすい…。わたしはどんなに高級なものでも、手に合わなければすぐ使わなくなるのですが、バッチリ手にあってくれたのでホッとしています。仲良くなれそうです。

このお財布、壱岐島の月讀神社でご祈祷がされているのとこと。実にありがたい財布に、前の財布に入っていた他のお寺のお守りを入れたらケンカしやしないか。

ス〜〜〜〜ッと財布を新調するということは、やっぱり自分の中に転機が訪れてるんだろうな…と。生き直したい、って強く思います。たぶん、高専を退学した時(19歳)ぶりに。ということは20年ぶりという計算になります。

20年前はわりと確固たる目標がありましたが、いまは、NPOのバイトを続けるということしかありません。そこまず考え直すか、新しい目標を見つけたいところです。

そういえば、バイトを掛け持ちしたい!となったけど、できるのか??と不安になっています。そういえば面接を受けたバイト連絡来ないからNGかな。NGになってホッとしてる自分がいます。

より良く生きるにはどうしたら良いんだろうな。
ひとりで生きるのはお金と事情が許せばかんたん。
でも誰かと生きる覚悟が持てない。

上の3行に共感したあなたは「わたしの夢が覚めるまで」というマンガがおすすめです!本が完全版なのでさらにおすすめです!

20230803_調子悪いけど、光はあるよ

小さなストレスが積み重なり、ちょっとつらい日々。

ストレス発散のために遊んでるのが、逆にストレスになってしまってるときがあります。初めて入った店が初見殺しとかアウェイで、なのに不必要に粘ってしまったときなど。なけなしのお金が飛んでいって悲しい。店選びをミスった自分のせいなんだけれども。

孤独中年の寂しさを紛らわそうと、お店のおねえちゃんとお話してます。お金をたいして落とせないので、ちょっとだけなんですが。自分のストレスの発散方法を見直したいけど、難しい。

ということで、調子が悪いです。今日は、ホルモンバランス的なものが乱れたのか、ダラダラと鼻血を出してしまいました。生理とか女性特有のところの調子が悪いと鼻血を出してしまうのです。初潮がやってくる寸前に洗面器に鼻血を出していたエピソードがあります。

ところで、久しぶりに抽象画を描きました。

iPad(Adobe Fresco)を使って、短時間で描いた落書きなので、層があんまりないのですが、インスタに上げたら、いろんな方から「いいね」いただきました。

抽象画は、上手い下手良い悪いの基準がわかってないのですけれども、自分の好きに描けるのがいいです。うまく行かず絵の具を消費するだけということもあるのですが。息を吐くようにす〜っと色をおいて絵を描くのが気分良くて、また描きたいなあと思いました。絵の具ではなく、デジタルで描くのはどうもつまんなくなりやすいのですが、文明の利器の進歩やばいです。デジタルだから描けるみたいなんが描ける。

イラストをやろう、世の中に求められるものを出せる力をつけて稼ごうと躍起になっていて、うまく行きませんでした。正直なところ、過信もしていましたが、その分苦しかったのかもしれません。

しかしこの落書きが新しい話につながるとは。今からワクワクしています。その前にやるべき案件があるので頑張ろう。

20230730_霊柩車の夢

※2024/8/31追記。霊柩車の夢を調べて来てくださった方へ。こちら単なる車好きの個人の感想です。自分の状態をお調べになられたい方は、夢占いサイトをご確認ください。

「感情的になったら負けやで。」

バイトの面接で、苦情対応の話になったときに、面接官の方がこう話してくれました。
あかん、その前の日、クライアントの前で感情的になりケンカになったのに。大負けやん。

ケンカするし、推しの卒業が発表されるし、散々すぎて金晩にお酒を飲みました。飲んだからなのか二度寝三度寝だったからなのかわからないけれど、妙な夢を見ました。悪夢と言うか目覚めはとてもしんどかったです。

宮型。いらすとやさんより。

覚えていることは、雨の中で「霊柩車」――上のイラストのようなお宮(みや)がついているのではなくて、普通の真っ黒なバンで、ご親切にルーフ部分に「霊柩車」と書かれた行灯(あんどん)がついていた――が家の横を走り抜けるのをまじまじと見つめていた、こと。視界から消えたところで目が覚めました。

目が覚めるとやたらと霊柩車のことが気になりだして、躍起になって調べはじめました。

葬儀屋さんがYouTubeチャンネルを開設していて、金ピカの宮を据えた霊柩車を運転席からお宮の中身まで大公開してくれているのです。最近はリムジンタイプの洋型が主流で、金ピカとかの宮型はなくなっていってるようです。そういえば、最近見ません、金ピカ…。

なんと夢に登場した、バン型のも存在していると。ベース車両はアルファードなど。これは知らなかったのでした。(行灯はないので、これは無知なわたしへのサービスかも知れない…)

洋型(リムジンタイプ)。いらすとやさんより。

こうして、名古屋の黒檀を使ったお宮がすごい(金ピカではない)とか、すごいカスタムカーで有名な光岡自動車が霊柩車に力を入れているとか、いろいろなことがわかり、どんどんと深みにハマっていき、頭のなかを支配し始めました。

コレが、単なるクルマ好きの興味本意なのか、希死念慮のインフレなのか、わからなくなってきて、気持ちの置きどころが見えなくなってました。YouTubeを見てたら、番組は軽快に進むのに、クルマは見れば見るほどめっちゃかっこいいのに、涙がボロボロと出てきて…。

霊柩車の夢は、自分が転機を迎えているということだそうです。タロットカードにある「死神」の「終わりと始まり」という意と似ているところがあります。

先日クライアントとケンカしたときに、イラストも、フリーランスも、わたしには無理だとわかりました。新しい生き方を模索していくときなのかもしれません。そのときものづくりとか絵を描くことで積みあげてきたアイデンティティはどうなるのだろうかと、、、

そもそも「死」が近づいているのかもしれません。
じゃあ、自分が死んだ時は、金ピカの宮型か、キャデラックのリムジンで送られたい…けど、そんなん、お金かかるし、死んだ後のことはわからんし…。

どう生きて、どう死ぬかは、自分次第とも言えるし、乱暴ですが、なるようにしかならないのだと思います。

いいかげん、霊柩車による頭の中の支配を解こう。YouTubeでいっぱいみたベース車両のトヨタのセンチュリーのことを考えよう。世界に2台しかない、豊田章男会長専用センチュリーすごいぞ。ファ〜。ってなるぞぉ。となったのが、もう夜中の2時でした。

20230724_人間活動

コールドブリュートニック。
どうしてコーヒーとトニックはこんなに合うのでしょう。わたしの好きなもの超合体であります。あまり、見かけません。天理に好きなコーヒー屋さんがあって、そこの分店が近鉄奈良駅近くにあるのです。とってもおいしい。

「人間活動」という言葉は宇多田ヒカルさんのパクリなんですが。

イラストを仕事にしていくぞ!と春から意気込んでいたのですが、その優先度を下げて、「人間活動」に重点を置くことにしました。

理由は「自分はなにがやりたいのか?」と問うた時に、イラストの仕事を通して叶えたいことや欲(例:こんな仕事がしたい、だれだれさんと仕事したい)のではなく、経済的に親から自立することが先決で、いま抱えるすべての不安はそこにあるということがわかったからです。

NPOのバイトはもうしばらく続けます。入職してもうすぐ3年になります。そろそろ少額ならローンも組めそうだし、仕事もそこそこ楽しく(やっと力が使えそうだという段階)刺激的で働きやすい職場です。親とも今のバイトを続けよう、と話しています。

なので、夕方からの掛け持ちのバイトを探しています。
バイトを続けるために、掛け持ちするというのもややおかしいですが、転職するとなると、障害者雇用でも一般雇用でも、もはやどんな仕事でもいいというレベルで探さないと難しいのです。しかも、転職したとて、お給料が今のNPOのバイト(時給1050円)と変わらないという可能性もあります。

掛け持ちバイト探しは、慎重に動いています。
障害者支援の方から「事前にNPOの上司と話した方がいい」とのことだったので、明日上司にバイトを掛け持ちするという話をします。どうなることだろう。反対されたらまた別の手を考えないとなあ…。費用を捻出しないといけないですが、リスキリングもありかな。

創作活動は優先度を下げただけで、やめるつもりはありません。ブログも続けます。
現にいまも案件のイラストを描いています。

ただコレまで、口だけ躍起になっていた割には、描けてない・動けてないだったのと、なんだか過信と言いますか、カラオケがちょっとうまいだけの人がプロを目指すみたいなことを言ってるよなと思ったのです。あとフリーランスという働き方はわたしにはキツイのです。

フリーランスがキツイと思ったのは、スキルがないのは置いといて、第一に、お客様とコミュニケーションが上手く取れないという課題を抱えているからです。これはわたしだけの課題ではないのですが、障害を持っているだけに不安要素としてずっとあり。最近、知り合いに相談した時も、特にこの課題を話してもいないのに「マネージャーをつけた方がいい」などと言われたりしていて、わかっててもひどくショックを受けました。

フリーランスについては、やめると言うよりは、当面の間、通帳だけおいといてお休みするつもりです。

といった感じで、ちょっとだけ目が醒めて、肩の荷が下りました。やっぱり毎日描かないと!(いけないのに描けない)プレッシャーは結構しんどかったかもしれません。

人間活動といえば!
最近自炊をしているのです。ちっとも美味しそうに見えませんが!家もグチャグチャなので、断捨離とかして整えたい。余裕がなくわりとないがしろ気味だったのですが、生活は、とてもだいじなことなのです。

20230717_グラレコとMAEZAWA社長

MAEZAWAってローマ字で書くと、永ちゃんみたいやな。

7月15日〜17日は、カレンダー通りでいうと3連休ですが、15日はバイト先のミッションを遂行しに、16日はレース観戦に鈴鹿サーキットへ赴き、今日17日は休息を取っていました。横になってライブ配信を見ていたら結構しんどくなり、野球中継のラジオをつけたら落ち着きました。

ミッションとレースの話を。

15日土曜日は、バイト先であるNPOの、研修&ワークショップがあり、与えられたミッションは「ワークショップのグラレコ」です。事前に担当者とファシリテーターさんと段取りについて打ち合わせ。ワークショップの時間が1時間くらいとのことで、短い時間で描けるかやや心配していました。

せっかくだから研修から参加することに。そこで、iPadを持参し研修もひっそりと描くことにしました。初見の研修やセミナーを、リアルタイムにグラレコにまとめるのは難しいです。そういう筋肉を鍛える自主練です。文字のサイズが上下左右でばらばらになったりとかしましたが、まとまったので安心材料になりました。

模造紙にペンで描くのはコロナ前以来です。模造紙をついたてに貼っていたら、会場スタッフのおっちゃんに「色つけたらまずいので…」と釘をさされたのでびびる。でも、タイトル名と、代表のかんたんな似顔絵を描いたらバランス良かったので、イケそう…とちょっとなりました。

ワークショップの内容は重大企業秘密なのでお伝えできませんが、メインは簡単に言うと、質疑応答です。ですが、なんとあまり質問が出てこなかったのでめっちゃ焦りました。流れる話を拾って、描けそうなフレーズをどんどん描いて、左右の吹き出しが交錯する構成になりました。楽しく美しく見やすいかどうかわかりませんが、、、社内SNSに上がる予定なので反応が気になります。
また、機会あれば描かせてもらえそうなので、たのしくがんばろう。

ワークショップが終わったらお楽しみ会。お酒飲みたかったけど、次の日5時起きに備えて1杯だけ。鬼のように笑ったけど少し疲れました。

16日日曜日は鈴鹿サーキットへ。なんと!入場料だけで見れる!チケット安いのをいいことに朝から行ってきました!

メインのレースは、GTワールドチャレンジアジア(以下、GTWC Asia)というカテゴリーの大会です。海外レースで有名なドライバーも参戦。アウディやポルシェやフェラーリ、日本のメーカーならトヨタなどなどが作った、レース規格の車輌で戦います。クルマ好き、レース好きなので燃えます。しかし、ニワカなのでちゃんと車種が覚えられない。ポルシェはさすがにわかるんですが…。

暑すぎて屋根のあるスタンドでじ〜っとしてたんですが、サーキットのにおいやクルマのエンジン音とかたまらん。耐久など長いレースは、コースあちこちウロウロするんですが。
マクラーレンF1のキャップを被ってたので、なんとなくですがマクラーレンのクルマを応援してました。(分かる方へ:鈴鹿10Hで、ハッキネンが乗ったクルマです)

ウロウロといえば。あの有名な前澤社長がご自分のチームを設立され、GTWC Asiaに参戦されているとのこと。広場全部使って前澤広場が爆誕していた…。人がいっぱいいたのでタダで入れると思ったら事前申込が必要とのことで。普段、広場では、チームや関係企業の出店が立ってることが多いのですが、前澤広場で占拠されておりウロウロできんやん。

前澤広場を遠巻きから。写真右のテントには、前澤社長所有のスーパーカーが並んでました。

たくさんの前澤社長ファン(?)が来られていてて、広場にもお客様がいっぱい、スタンドにもサポーターもいっぱい。(たまたま、GTWC Asiaの時に座った席が、前澤さんチームのピットの前だったからかもしれないけれど)日本におけるビッグレースでもないのに、この集客力はすごいなあと感心していました。

大金持ちがレーシングチーム作って、国際レースに参戦して、いっぱいお客様を集めてでっかい広場を作り、自身の貴重なスーパーカーのコレクションを公開し、日本で著名なドライバーを雇ってそこそこよく戦って。コレを成立させられる日本人がまだいることがわかってよかったのです。ようこそモータースポーツの世界へ、という言い方はちょっと上からですかね笑。とてもうれしいのです。

20230710_コマネチ!

あまりにもアトピーがひどく身体が痛いので、年に1回か2回、訪れる皮膚科を受診しに行きました。そこの先生は、股のところのVラインあたりのことを「コマネチ」と言います。

「コマネチのところね」「そうですそうです!」

いったいこの会話は何歳まで伝わるのだろうと気になってしまいました。先生きっとヤングの前ではコマネチ言わないと思うな。

おかげで、わたしもVラインをさすときや薬を塗るときに「コマネチ」言うてしまうように…気をつけんとなあ。

さて、コマネチは一旦横においておき、勢いだけで、うわさのSNS「Threads」を始めました。通勤の電車の中でチャチャッとアカウントが作れてしまった。まだどう使うかちっとも考えていないのに。

フォローしていない人がタイムラインに出る仕様になっているので、自分より上手のイラストレーターさんの絵がいっぱい流れて、それはそれで眼福ではあるのだけれども、じゃあ自分は、となると、絵が下手で魅力のある絵が描けないこと、SNSに載らないこと、仲間づくりができないこと。少ししか触れていないのにやればやるほど、自分に足りないもの探しをしはじめるように。

仲間を作る力やマーケティング感覚が足りない、と考えてはみたものの、知り合いやライブ配信のライバーさんに相談してみたら、というか、自分の心は何がしたいのか?どこで、どんな人と、どうありたい?イラストの活動を通した欲望ってある?という話になりました。

まずは自分の内側を固めましょう、その次に外側(の行動)だよという話。

知り合いと話してて一つの答えがポッとでてきました。まだ、コレでいこうという決定打にはせず、何人かのブレーン(笑)に相談して意見をもらい、慎重に慎重に進めてます。

それでも一つ正直な答えが出たことによって、すこし肩の荷がおりました。

だけどさ。
描き続けられず中途半端になってしまう自分がつらかった。
お客様を満足させることができなかった自分が悔しかった。
いつまでも何者かになりたいと考える自分が惨めだった。
貴重な貴重な、フォロワーさん、応援してくれる方々に申し訳なかった。
自分のことを、信じきって進めなかった。

気づいたらわたしのHPのGoogle アナリティクスが止まっていました。
7月がやってきて、イラストレーターのわたしの時も、HPの時も、止まったのかな…ってなると、目許が熱くなってきました。

でも絵を描くのはやめないよ。
お金にならなくても、認められなくても、何らかの形で続ける方法を探す。

ちょっとはっきりしない感じになりましたが、発表できるほど心が決まっていないからなので、決まりそうになったら、またブログに書きます。しばらくは、皮膚の色が変わってしまったコマネチの治療をします。

20230702_ひさびさのカフェめぐり

バイト先スタッフとカラオケに行くかもしれないということになり、急遽、土曜日に一人カラオケを予約することに。いっぱいだったので、午前中しか取れず。朝の10時から奈良のカラオケ屋さんに乗り込むことになりました。

歌は下手です。採点機能を入れるとフィードバックに向かって「うるさーい!」「知らん!」とブツブツ言うのがまた乙です。一番面白かったのは「気持ちが伝わりました」でした。カラオケの機械にわたしの気持ちがわかるか…と悪態つきつつ、好きな歌を歌いたいだけ歌ったら、平日の疲れがたまっているせいか2時間半でバテてしまい、最後は中島みゆきさんのライブ映像を見て、店を出ました。

奈良・ピークスベニエさん。

この日、近鉄奈良〜大阪難波の乗り放題チケットを手に入れており、大いに活用するべく、久しぶりのカフェ巡りをすることにしました。朝から出かけているので、大胆に移動ができます!

カフェ巡りは20代の頃良くしていました。コーヒーやお茶が好きなのです。
ところが30代になると、いつの間にか「コーヒーよりお酒」になっていました。飲んだくれていたら、もうすぐ40歳という折に血糖値が問題になり、両親との家族会議でお酒をやめなさいと……断酒しているわけではないですが、最近、カフェやコーヒーに気持ちが向くようになりました。甘いものを食べたら一緒やんと思われそうですが。

といっても、今日は新規開拓はせず、知ってるところの中で、行きたいところに行きました。

奈良・ブライトンティールームさん

お昼間に奈良(ならまちなど奈良公園のまわり)に行き、15時ぐらいに出て難波→日本橋へ。奈良も日本橋も、個性的なお店が多くて楽しいです。おすすめです。

大阪、日本橋・Kissshotさんの、限定のクッキー缶

エリアはいつも出没しているエリアですが、気持ちがなんだか若いときに戻って、やりたい放題やったりました〜!

やりたい放題というのは、お店の中で暴れるとかではなく、お金のことをあまり考えずに遊ぶことです。お金のことを考え始めると、先のことまで不安になってしまい、気持ちが落ちてしまうのです。なので、バイトの給料が入った直後などに、遊ぶ日を作ります。今月いくら使えるかは、後で考えればよいのです。

ある日本橋のカフェで、短冊にお願いごとを書きました。もうね、直球のお願い事を書いたんですよ。「お金が欲しいので、稼げるようになりたい」と。お金が降ってくるお願いでもいいんですが、稼げる自分になりたいんです。

もっと上に上がりたい、とガツガツしていた気持ちも、若いときに戻りたいな。体力は戻らないけど。

カフェの店主さんも、お店で出会った、イラストレーターさん、イベント屋さんなど、何かしらの道のプロは、見てて話してて、なんというか持っている覚悟や見ている世界が違うと思いました。

当たり前の話かもしれませんが、プロ意識の根底には、お客様に喜んでもらいたいという心構えが、必ずあります。だから、相手がいて、見て、考えての振る舞いができるんですよね。根本的にわたしに欠けているのはそういうところかもしれません。発達障害の特性もあるんですがという言い訳も添えつつ。

2023年も半分終わってしまったので、もっと喜んでもらえるイラスト制作ができるように精進したいところです。カフェ巡り楽しかったって内容のハズが反省文みたいになりました。
もちろん、カフェめぐりめっちゃたのしかったですよ〜!またほかのエリアでもするよ〜!